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●『心臓に毛が生えている理由』

米原万里は『ブロードキャスター』でコメンテイターしていたロシア語通訳者だった。
毒舌でも不思議と嫌みのない女性。私が彼女に対して持っていた知識はそんなものだった。

しかし、いつしか番組を見なくなり、彼女の姿も目にしなくなってしばらくたったある日、たまたま入った書店で「米原万里、最後のエッセイ集」という文字が目に飛び込んできた
最後の?!そうか。彼女は亡くなってしまったのか。
そんな年ではなかったのに。少し頭がくらくらしながらも、彼女の最後のメッセージなら読まなくてはと本をレジにもっていったのだった。

心臓に毛が生えている理由』は通訳者らしく、的確かつ無駄のない言葉で書いてあった。もっとも彼女に言わすと「帰国子女なのできちんとした日本語しか書けない」となるらしかったが。
言葉に対する覚悟も感じられ、文体は彼女のコメントと同じで鋭く、またそれが小気味よかった。

本にはロシアで過ごした少女時代のエピソードも入っていた。

ロシアの学校では教科書を音読した後、自分の言葉で要約しなければならない。文字は読めても要約するまでの語彙力がないので、米原は当てられても答えることができない。
一方、図書館には子供たちから「尋問者」と怖れられているドラゴン・アレクサンドリアという先生がいた。本を返却する米原に「誰が主人公なの?何の話なの?話しなさい」と尋問のように聞いてくる。震えて足が立ちすくむのだが、次の本を借りたくて必死で答える。そのうちドラゴン先生に語ることを想定しながら本を読むようになっていった。

ある日、授業中、国語の先生が彼女を当てた。いつものように形だけ当てたのに彼女は答えてしまう。先生もクラスメイトもびっくりする。そう。気づかないうちに表現力がついていたのだった。
今でも面白い本を読むと頭の中でドラゴン先生に語ってる・・・・そんな内容だった。
●『心臓に毛が生えている理由』_f0234728_1131685.jpg


さて、私はある人に米原真理の本のことを話した。
するとその人は「米原真理は小説やエッセイも書いているが、一番の作品は書評だ。彼女の書評を読むと本を読みたくなる」と語った。
「書評も文学」と考えたこともなかった私はずっとその言葉がひっかかっていた。
図書館の怖い先生のエピソードも頭に残っていた。
しかし、その二つは私の中で別々にしまわれた記憶になった。

ところが昨日、突然、二つのことが結びついた。
週末の例のブックレビュー番組のせいかもしれない。

そうか。そういうことだったのか。
本の世界に誘う書評にも本と同じように、読み手を惹きつける力がいる。
米原はドラゴン先生による尋問のお陰で『書評力』が身についたのだ。

人は話をすることによって表現力を身につけていく。その力はよき聞き手を得て、更に育まれていくのだ。


あなたの周りには『ドラゴン先生』がいますか?
そして・・・あなたは『ドラゴン先生』になれますか?
by feliza0930 | 2010-07-14 01:19 | ・BOOK