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昨年度、愛知女性映画祭の出品作品『English Vinglish』。
この夏『マダム・イン・ニューヨーク』とお洒落なタイトルになって戻ってきた。
(個人的には『English Vinglish』の方が好きだが。)
インドの中流家庭の奥様シャシが、ニューヨークにいる親戚の結婚式に出席するために家族より一足早くアメリカへ。シャシは英語が苦手。そのため家庭でも夫や娘に軽く見られている。
カフェでうまく注文ができず、黒人の店員から小ばかにされるあたりは、こちらもわかるわかる。
誰でも異国の旅先で、多かれ少なかれそうい経験はあるのではないか。
私にもある。香港の某ホテル。念願のアフタヌーンティーセットを頼んでみたものの注文システムがよくわからず何度も聞き直す。アジア人のウェイターの口元に浮かんだ小ばかにした表情、見逃すことはできなかった。言葉の不自由な外国人に全ての人が親切だとは限らない。

壮大なロケや派手さはないけど、心情が丁寧に描かれている。
専業主婦シャシが異国でオドオドしながら4週間集中英語スクールの初級クラスへ。フレンドリーな先生、国も様々な個性豊かなクラスメートと学んでいくうちに英語が楽しくなってくる。
シャシは「国の名前にtheがつかないならどうしてアメリカはthe United Statesなのですか。」と質問する。先生は「Good question!」と言う。授業後、同級生から「先生、シャシの質問に驚いていたね。」と褒められ自信がついていく。先生に誉められると嬉しい気持ち、それもすごくわかる。
かつて私は韓国語を習っていた。授業で「「ようだ」を使った文を作りなさい」と先生に言われた。私は当てられて「おじいさんが亡くなって犬も泣いているようだ」と答えた。
すると先生は「びっくりしました。(文学的で)いい文です」と言う。その時の誇らしかった気持ち、褒められた文とともに今もはっきり覚えている。ああ、その時の感動を忘れず、勉強続けていたらよかったのだが・・・・。

シャシは英語にはまっていくにつれ、次第に家族のことがおろそかになるのも主婦にありがち。
バランス感覚がないので一旦夢中になると家事がおろそかになり、料理も手抜きになっていく。気づくと部屋もくちゃくちゃ。
でも彼女は偉い!主婦の鏡!自己嫌悪に陥って反省する。もと自分がいた場所「妻であり母であることに戻ろう」と気持ちを立て直す。
でもやはりどこかであきらめきれないシャシ。クラスメートの励ましもあって、せめてスピーチテストだけでも受けようとする。
姪の結婚式のためにシャシはお菓子ラドゥを準備する。ところが結婚式当日の朝、息子がラドゥを落としてしまう。うわぁあ!上手い話運び。先が読めなくなってそうきたかです。作り直そうとするシャシはスピーチテストを受けるのをとうとうあきらめる。
結婚式が始まる。驚いたことに英語クラスのクラスメートと先生もやってくる。シャシは姪に促されスピーチする羽目に。
夫は「妻は英語が苦手だから」と言いかける。が、彼女は夫の手を軽く押さえ立ち上がりスピーチをし始める。
・・・・・
ラドゥ作りの得意な妻への褒め言葉のつもりだろうが「妻はラドゥつくるために生まれてきたのさ」と夫に言われ傷つくシャシ。娘に「どうせママは英語読めないくせに」とあたられ、子供は親に尊厳をもつべきだと憤慨するシャシ・・・

実は私はこの映画は一度目は友人からもらったDVD(英語版)で見たのだが、シャシの感動的なスピーチに号泣してしまった。再生ストップし、わからない単語を辞書をひくのももどかしかったので、ざっくり理解にもかかわらずだ。
拙くても自分の言葉で話し始めるシャシ。対等な夫婦の関係、家族でも尊厳を守ること、家族の大切さを切々と訴えるスピーチに、今までの自分たちのシャシへの言動を思いおこしハッとする夫と娘。
クラスメートたちは立ち上がって拍手する。おしとやかなシャシもガッツポーズ!

妻として、母としての尊厳を取り戻したシャシ。
英語はきっかけだ。一歩踏み出して自信をもつ。そうすれば自分が変わる。
『マダム・イン・パリ』は主婦なら共感ポイントがたくさんある。
言葉を学ぶ人も教える人にとってもだ。
「異国で言葉が通じないとはどういうことか」も気づかせてくれる。

結婚式なら踊りも歌も自然だ。帰りの飛行機の中の夫婦で交わす視線がいい。
映画の中のインド女性はいつも貞淑だ。「よき妻であれ、よき母であれ」価値観が根強いようにみえる。イケメンお兄さんが出てきても決してよろめかない(笑)。
しかし最近はインド映画の中の女性も少しずつ変わってきているのかもしれないなと思った。

見に行った友達によると上映後、拍手が起きたそうだ。
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<映画.comより>
一風変わった映画だ。夏、阪急電車の沿線(宝塚~西宮北口)の駅で起きる物語。春(西宮北口~宝塚)はその後の物語だ。

いきなり婚約者の後輩を妊娠させた”だめんず”登場。おや、どこかで見た顔。
『花子とアン』のヒロイン花子の将来の夫となる「村岡印刷さん」が出ているじゃありませんか。今日の放送では肺結核の妻と離婚し、花子の気持ちを乱れさせている。
『阪急電車』では役柄のせいかハンサム度がかなり落ちている。
婚約者と後輩に裏切られた中谷美紀は二人を認める代わりに、条件を出す。それは結婚式の招待。着るはずだったウェディングドレスで出席。復讐のつもりが周りの視線にいたたまれず退席。惨めな気持ちで一人阪急電車に乗る。乗客のチラチラ視線。そこに乗り合わせたのが宮本信子と孫、芦田愛菜ちゃん。
戸田恵梨香と彼氏、他の登場人物。こうやって物語がまわっていく。
『あまちゃん』からは三人、夏ばっぱこと宮本信子、春子(小泉今日子)の若い頃を演じた有森架純、あきの最初で最後の映画『潮騒のメロディー』での相手役、寸前のところでキスシーンを回避できた前髪くね男こと勝地涼。
戸田恵梨香も出演しているのでこの映画共演がつきあうきっかけ?
『梅ちゃん先生』からは堀北真希の母さん役の南果歩。NHK朝ドラから多数出演。そして今やハリウッドスター、子役、芦田愛菜ちゃん。
誰が脚本かと思えばあの岡田惠和。
「彼女たちの時代」「夢のカルフォルニア」「ちゅらさん」。好みです。

岡田の脚本はただ甘いハートフルだけじゃない。
戸田恵梨香のDVな恋人。ちょっとしたことで切れる様は周りの空気を凍らせる。映画の中では友達の兄のお陰で別れられたが、現実にいたらあの手の男は間違いなくストーカーとなっている。おお、こわい。
電車の中で傍若無人な振る舞いをするオバチャンたち。周りの乗客は大迷惑だ。
大阪のオバチャンに厳しい目を向ける岡田恵和は東京出身。
そりゃあそうだろう。大阪出身ならこわくてあそこまで描けまい。
そのおばちゃんたちグループからハバにされるのが怖くて、高価なランチのお誘いを断れない大人しい主婦、南果歩。
いじめの世界は小学生も陰湿、誰にも言えずじっと耐えている女の子。
戦闘マニアで話が合わず、周りから浮いている学生。学食ではいつも「ぼっち」(っていうんですってね?今どきの学生は「ぼっち」になるのが怖くて大学入学早々LINEやらでつるむんですって)

一人になるのを恐れずに
勇気をもって一歩踏み出したら違う世界が見えてくる。
毅然とした態度をもって、、騒音公害を撒き散らすオバチャン達に「喝」の宮本信子が格好いいこと。

あまり期待していなかっただけに得した気分になった。
「袖振り合うも多生の縁」といういうことばがピッタリの映画である。
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<映画.comより>

っていうかこの映画、いつ上映していたの?
映画を見ようと決めたら、映画情報はなるべくシャットする。ましてや『スチューデント・オブ・ザ・イヤー』はノーマークだった。NHK『あさイチ』で紹介されたという友達からの情報だけだった。
感想を書こうと決めたなら、映画レビューや他の人のblogをなるべく見ない。書いた後でチェックする。今回はパンフレットも買わなかった。

「村出身」としきりに言う奨学生アビ。家はどんなにボロいかと思えば、親戚宅と言えどもそこそこの邸宅だ。アビはアルバイトにあくせくしているふうでもない。学生生活を謳歌している。ことごとく金持ち、貧乏の対比を描いた『きっと、うまくいく』とは違う世界観がそこにある。
アビが加わり、弱小チームが勝つサッカーシーンは世界基準の学園もの。ワールドカップに向けた話題アピールだろうか。

スチューデント・オブ・ザ・イヤー”(その年の最優秀学生)はIQテスト⇒四人一組のクイズ⇒ダンス⇒トライアスロン(水泳⇒自転車⇒長距離走)で選ぶ。
IQテストは??だったが、チームでキャンパス内を駆け巡りながら解いていくクイズ場面は、スピード感がありとても面白かった。私はこの映画のハイライトシーンの一つだと思う。『きっと、うまくいく』の出産場面のようにハラハラドキドキした。肉体と肉体がぶつかりあうトライアスロンも見ごたえがあった。ゴール間近のロハンとアビの抜きつ抜かれつデッドヒート、どちらが勝つか固唾を飲んだ。

一人の学生は校長の自己満足のコンテストだと糾弾していたが、青春の一ページとしては悪くはないイベントではないか。コンテスト批判は『きっとうまくいく』の詰め込み教育批判に比べると、ちと弱い。『きっとうまくいく』ではよくぞ言ったと喝采したが、この映画では戸惑いと後味の悪さが残った。友情が壊れたのはコンテストの競争のせいというより、ロハンとアビの間をふらふらする、どっちつかずのシャナーヤの罪作りな態度が大きい。

インド映画定番の群舞と歌、金持ち豪邸。ロハンの兄が結婚式を挙げたタイのリゾートにはセレブ感がいっぱいだ。息を引き取る前に校長先生は生徒に許しを請う。ロハンとアビの友情復活ラストシーンに思わず涙がこぼれた。
「ああ!面白かった。」いっぱい詰め込んだ140分!心配していたが、トイレに行きたくならず(笑)長さを感じなかった。

でも涙を流しても感じられないカタルシス。どこか拭い去れない違和感。インド要素の不足。私はそれはインド映画の進化、グローバル化のせいだと思った。脆い友情、家族愛の不在は現代社会の抱えるもの。

しかし私はようやくわかったのだ。違和感の元が。あるblogを読み全てが腑に落ちた。
監督には同性愛の噂があると言う。
執拗に、舐めるようなカメラ視線の先は、鍛え上げた逆三角形の上半身。汗がほとばしる縦割りした筋肉。マッチョな体を別に~と思う私だが、ある一定の人にはたまらないシーンだろう。
それに反し、ヒロインはと言えば日本人男性が好みそうな幼い顔。ほら、日本人男性って一般的に好きじゃないですか、成熟した女性より可愛いひと。
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胸も薄い。ヒロインの友達の母親は言う。「バストアップのパットは入れたの?」
インド映画のヒロインはメリハリボディに彫の深いお顔が多い。
監督がゲイならこういう薄い、可愛い系ヒロインを選んだのも頷ける。
校長はサッカーコーチに色目を使っている。コーチには家庭があるのでその気がないのだが、インド映画では珍しい設定だ(と思う)。少なくとも私は初めて見た。
見終った後、友達に聞いた「ねぇ、インドでは同性愛ってどうなの?」「タブーだよ」。
敵対していたアビとロハンはサッカーの試合をきっかけに急速に仲が進展、大親友になる。「ハグはしないぞ」「キスはしないぞ」何度と繰り返されるこの台詞が、かなりしつこかった。
同性愛者の友情は恋愛との境界があいまいなのだろうか。延長線上にあるのだろうか。

仲間間の友情はいびつだった。力ある者とパシリの上下関係二組。
コンテストのせいで仲間の友情が壊れたと叫ばれても、そんなに熱い友情で結ばれたっけと首を傾げる。確かにチームを組みクイズ問題と格闘する場面に友情はあるにはあったが。
印象に残るはアビとロハン間の”反発→ベタベタ(まるで恋人同士のよう)→絶交”と変化する極端な関係のみ。『きっとうまくいく』の強い強い信頼で結ばれた友情と180度種類が違う。
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そして最大の違和感はロハンと父親の関係だ。父親は優秀な兄を偏愛。ロハはギターを弾くぼんくら息子と軽んじている。ロハンは父親に反発しているが、いつも力でねじ伏せられてしまう。
あろうことか父親はコンテストでアビが優勝することを願う。

ロハンはアビとゴール寸前まで競り合い、ロハンは勝つ。しかしロハンは『スチューデント・オブ・ザ・イヤー』賞を辞退し、父とは絶縁する。

そして10年後、再会した彼らに流れる不穏な空気。ついに殴り合いをする二人、止めようとする仲間に「やらせなさいよ。膿をださせましょう」という別の仲間。
アビは叫ぶ「お前が怒っているのはシャナーヤのせいだけではないだろう」。
ロハンは「お前はゴールでわざと負けただろう。」アビは言う「お前のお父さんが、お前が勝ちそうになったらガッカリしているのが見えたんだ。お前のお父さんを尊敬していた。だが、尊敬は崩れたんだ。父親なのに息子に負けてほしいと願うなんて。だからこっちがわざと負けてやれと思ったのさ」。
息子が勝つことを喜ばない父親がいるのだろうか。しかし映画ではロハンは父親と絶縁したままだ。

監督が同性愛だとしたら、そして父親がいまだに許していないとしたら全ての謎が解ける。この映画の女性は受身だ。何の行動も起こさない。母親は息子を愛しつつも夫の陰でおろおろしているだけだ。昔のインド映画に戻ったみたいな女性の描き方だ。
男性のみ成功へ繋がるタフさが求められている。
この映画は監督の求めてやまない父親への愛の逆説メッセージなのかもしれない。

男の、父親への想いは女の私には理解できにくいものだ。
舅は数年前に亡くなった。だが、夫はいまだに父を引きずっているようにみえる。
尊敬できる父親を持つ友人や知人を羨ましがっている。

インド映画にいつもステレオタイプの”インドらしさ”があるとは限らない。
一見、お気楽学園映画のようにみえるこの映画だが、”らしくない”と感じた違和感、つきつめていくとなかなか奥が深そうだ。
<画像は映画.comより>
スポ魂ドラマ『アタックNo1』、はたまたタイのおかま映画『アタック ナンバーハーフ』のようなタイトル!これがインド映画だとは誰も思わないだろう。
インドに住んでいた友人と見に行った。お陰でロケ地&俳優解説付きとなった(^^)。

病で倒れた初老の男性。男性は高校の学園長、危篤と聞き、病院に駆け付けたのはかつての生徒たち。彼らはカメラに向かって一人、一人語り始める。10年前に起きたこと。

全ての生徒からナンバーワンを決定するコンテストが行われる聖テレーザ学園。生徒たちがナンバーワンになろうとスポーツや勉強に励む中、優勝を有力視されているのが、ロックスター志望のロハン。だが、頭脳明晰でスポーツ万能、ダンスもプロ並みというアビが転校してくる。何かと対立するロハンとアビだったが、次第に良きライバルとして認め合うように。しかし、ロハンの恋人シャナーヤとアビが近づいたことから思わぬ事態が起きる・・・
(Yahoo映画解説より)

まるでアメリカ人気学園ドラマ『glee』を見ているようなストーリーに演出。
『きっとうまくいく』からもはや数年たっている。『ラガーン』は既に遠い昔のインド映画。出てくるスポーツはクリケットではない。サッカーにトライアスロン。
派手なディスコシーン、誰も民族衣装は着ていない。
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<映画.com>

『冬のソナタ』の舞台になった南怡島(ナミソン)を彷彿させる並木道のシーン。『きっとうまくいく』+『glee』に韓ドラ三角関係成分。どこかで見たシーン、どこかで聞いた音楽・・・
と思いきや・・・やられました。大反転の”人間ドラマ”が待っていた!さすが、侮れないボリウッド!

インド映画と言えば、熱くるしいほどの友情に親子の情が定番。
ところが『きっとうまくいく』の3idiotsたちの友情とは異質。脆さをはらむ友情にリアルさを感じる。
コンテストで露わになるむき出しの対抗心、嫉妬に侮蔑。
コンテストは校長の自己満足に過ぎず、築き上げた友情も破綻したと表彰式で紛糾する一人の生徒。お祝いの会場にザラザラとした空気が流れる。
時がたつ。校長危篤の報せを聞き、駆け付けた彼ら。友との久々の再会。複雑な想いを引きずったままの彼らはどうしてこうなってしまったかと振り返る。
そこに現れたロハンとアビ。アビは妻となったシャナーヤを伴っている。仲間に、二人に緊張が走る。ロハンとナビはとうとう殴り合いに・・・そして初めて明らかになる真実!
復活した友情に対し、ロハンは父と縁の切れたままだ。父はなぜロハンを嫌っていたのか、救いのない父息子の関係は母親でさえも修復できなかった。アビはなぜ親戚から疎まれたか説明はなかった。たった一人の味方である祖母を失い、孤独なアビは殻に閉じこもる。
『スチューデント・オブ・ザ・イヤー』には、『家族の四季』にはあった「家族の再構成」がない。家庭愛の不毛は現代社会が抱える問題だ。


家族愛、近すぎるほどの人間の距離をもはやインド映画は描こうとしないのか。インド社会が変わりつつあるのか、インド映画が進化したのか。
”インドらしさ”を表すのが、音楽と踊りだけでは勿体ないような気がする。


*アビが平井賢、監督が加山雄三にそっくりで「平井賢、頑張れ」「来る、来る、加山雄三」とつい脳内変換してしまった(笑)。
長すぎ、意味不明で一度では到底覚えられないタイトルの映画だ。
予告編を見て夫が興味津々。その上、オール三重ロケと聞いては三重県人としては行かねばならぬ、公開を待っての鑑賞。

舟を編むの三浦しをん原作+『ウォーターボーイズ』監督の異色組み合わせ。
予告編ではやたらお尻(男性の)が出てきたので、どうせ下ネタ満載のドタバタ映画ではと高をくくっていたら・・・
いやいや、なかなか真面目なつくりの映画だった。
何より「林業」に焦点を当てたのがGood Job!
三浦しをんという作家は辞書作りとか林業とか、マイナー職業を描くのが上手い。
普通の生活では、なかなか見聞きできない仕事を知るだけでも興味深い。
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大学試験に失敗したお気楽主人公が、たまたま手に取ったパンフレットで飛び込んだ林業研修生。
山村のまた僻地、神去村に住み主人公が成長していく話なのだが、その中には恋あり、挫折あり。
だけどありがちな根性ものになっていない。イマドキ草食系男子の“ゆるキャラ力”も捨てたものではない。いつのまにか胸が熱くなって、主人公を応援してしまう周囲の人々と観客。

スクリーンで壮大な自然を感じ、森林浴がたっぷりできる。
見た後の爽快感があって、お勧めの映画です!

画像は<映画.com>より
柳の下に二匹目のドジョウはやはりいなかった。
Ⅰは面白くてお腹を抱えて笑った。スケールの大きさにもビックリした。
だからⅡは絶対、映画館で見たいと思っていた。

Ⅰの大ヒットのお陰でセットにお金がかかっているのがわかる。
しかしあまり笑えない。せいぜい小ネタにクスくらい。客席も静かだ。
オープニングのコロシアムからよくなかった。血が飛ぶ場面に目を背ける。
残酷場面に笑いはない。

お風呂造りのアイディアが煮詰まると現代にタイムワープの繰り返し。
前は偶然だったけど、Ⅱは意図的。意外性がない。
笑ってスッキリ爽やかというわけにもいかず、全体的に期待ほどではなかった。
阿部寛の鍛えた肉体美と日本の温泉美を堪能する映画か。
それで何が悪いと言われると何も言えないが・・・・

前作を超える続編は難しい。
『三丁目の夕日』と同じく、三作目は行かないなぁ~・・・
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<映画.com>
『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のお口直しはヒューマン映画。
そう思い『LIFE!』を見た。
雑誌『LIFE』の写真管理部で働くウォルター・ミティ(ベン・スティラー)は、思いを寄せる女性と会話もできない臆病者。唯一の特技は妄想することだった。
ある日、「LIFE」表紙に使用する写真のネガが見当たらない気付いたウォルターはカメラマンを捜す旅へ出る。ニューヨークからグリーンランド、アイスランド、ヒマラヤへと奇想天外な旅がウォルターの人生を変えていく。(Yahoo映画あらすじより)
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<映画.comより>

妄想シーンがとても安っぽく、あ、妄想きたきたとバレバレな織り込み方。
カメラマンを追いかける旅も妄想シーンかと思ったらそうではなかった。
大酒を飲みフラフラのパイロットが操縦するヘリコプターに飛び乗る。大荒れの、鮫が泳ぐ海に目当ての船を見つけてダイブ。船に拾い上げられて・・・
何十キロの山道をスケボーで疾走・・・・・
ヒマラヤ単身登頂・・・・
延々続く、カメラマン追いかけ旅。
あり得なさと壮大な風景が眠気を誘う。

だが、最後の5分で、荒唐無稽映画が一気に挽回!

新しいCEOがきてデジタル誌と生まれ変わる『LIFE』。
無断欠勤してカメラマンを追いかけていたウォルターもクビ。
しかしウォルターはようやく見つけたNo25のフィルムをもって役員室に乗り込み
捨て台詞。
「あなたたちはそうやってLIFEを大切に思って働いてきた人たちを大勢、切ったんだ。ためしにLIFEの社訓を言ってみろ」「〇△*×・・・・」「それはマクドナルドの社訓だ」

そう、日本の企業は働く人を大切にしてきた。年長序列制度にも欠点はあるが、会社に忠誠を尽くした精神が日本の産業を発展させた。
時代とともに能率主義にとってかわり、不況になれば、社員切り、契約、派遣の使い捨て雇用。
人を育てることを忘れた企業に必ずしっぺ返しがくる。現にそういう事態は起こっている。韓国、中国への技術流失もその一つ。

ウォルターは新しい職場探しする。職歴に「LIFEを16年勤めた」と書き記す。
転職が日常茶飯事のアメリカで、優良企業に16年勤めあげたことは何よりの立派な経歴となることだろう。
話の根幹に解せないところが二、三あったが、最後の落としどころでやられた。
探し求めたフィルムNo25にうつっていたモノ。
それは何か、ネタバレしたいけど、ここらでやめておきましょう。

(追記)長~いエンドロール、大半の観客は帰ったのに夫は席を立たない。
そんなにこの映画に感動したのかと問えば、座席に忘れ物をしてないか(館内が)明るくなるまで待っているとのことだった(笑)。
『タイタニック』も見ていない私にとって、この映画が初ディカプリオ。喜んでいいのやら悲しんでいいのやら。あのレオ様が、といってもあのレオ様もこのレオ様も知らないが(笑)、今までの顔をかなぐり捨てて挑んだ映画が『ウルフ・オブ・ウォールストリート』。
公開直前にR18指定になったのもさもありなん。文字にも表せない放送禁止用語の連発。全編の7割がドラッグ漬けの酒池肉林、乱痴気騒ぎ。トラウマになりそうなシーンの脂っこさに今も胸焼けする。
だが、あの淀川長治氏も言っているではないか。「どんな映画でも良いところはある。あのシーンのチョコレートが美味しそうだった」と。

ディカプリオの突き抜けた演技が、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされているのも納得だ。ただ本当に受賞できるかどうかは疑わしい。あまりに作品がぶっ飛び過ぎだからだ。
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<映画.comより>

学歴や人脈もないまま、22歳でウォール街の投資銀行で働きだしたジョーダン・ベルフォート(レオナルド・ディカプリオ)。巧みな話術で人々の心を瞬く間につかみ・・・業績を上げ、猛烈なスピードで成り上がっていく。そして26歳で証券会社を設立し、約49億円もの年収を得るまでに。富と名声を一気に手に入れ、ウォール街のウルフという異名で呼ばれるようになった彼は、浪費の限りを尽くして世間の話題を集めていく。しかし、その先には思いがけない転落が待ち受けていた。(Yahoo映画より)


この映画は実話である。

証券詐欺と資金洗浄で20年の刑を受けたジョーダンは司法取引によりわずか22ヶ月の服役。お金の力で快適な刑務所生活、出所して出した二冊の本がベストセラー、今はファーストクラスで世界中を飛び歩く売れっ子『モチベーショナルスピーカー』。講演会で起業家たちを前に話すジョーダン。
聴衆がマジックのようにジョーダンの言葉に魅入られていく様は、ネットワークビジネスがアメリカ起源であることを思い起こさせる。
転落が転落にならない予定調和無視のストーリーは拝金主義、アメリカのひずみから生まれるのか。
勧善懲悪なんてどこ吹く風、二度の離婚にもかかわらず、傍らには美しいフィアンセをはべらかす。
さすがにドラッグはやめたようだが、贅沢三昧をしても滞る返済。反省の見えない生活ぶり。この映画のヒットで被害者はどう出るかはわからないが。
この世の精算がこの世でできない不条理さ。だから人々は天国で精算するキリスト教を信じるのかとさえ思ってしまう。

ジョーダンも周りの人間も浴びるように飲んでいた薬物乱用が恐ろしい。薬でヘロヘロになったディカプリの台詞まわしがリアルすぎだ。
好きだったドラマ『glee』のフィン役俳優が薬物乱用で亡くなったのも記憶に新しい。
あの好青年がとショックだった。
つい先日、演技派俳優で知られるフィリップ・シーモア・ホフマンが亡くなったが、死因はやはり薬物乱用によるものだった。
日本も他人事ではない。
薬のネット販売解禁は薬物乱用につながりはしないだろうか。


友人に「よりによってなんでこの映画をチョイスしたの?」と言われた。
確かに下品で俗っぽい成金映画。お口直しが欲しいが、見て損をしたとは思いたくない。
例え冒した罪に対して報いる罰が少なかろうと、人間の欲は果てしなく、人間とはかくも弱く愚かなものだと教えてくれる映画である。
狂気の人、それはギドク監督だ。
初めて『春夏秋冬そして春』を見た時の衝撃を私は今も忘れない。
水墨画のような、奥深い山寺を背景に、業がメラメラと燃えたぎっていた。
私は腰を抜かしてしまった。「敵わない。こんな映画を作れる人が韓国にいるとは、韓国おそるべし」。
日本人は韓国人のエネルギーに到底かなわないとまで思った。
以来、ギドク監督の撮る作品にはアンテナが触れた。いくつか見たし、見なくても何を描いているかとても気になった。

『悪い男』『うつせみ』『絶対の愛』。
整形、売春・・・テーマはいつもショッキングだった。
暴力と血と狂気が飛び散り、見ている者に飛び火し火傷する。
ギドク監督の狂気は監督自身も傷つけた。
あることがきっかけで鬱病になったと漏れ聞いた。
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<映画公式より>

『嘆きのピエタ』は私にとって久々のギドク映画だった。
鬱病から回復したのだろう。
ギドクの毒と狂気は更にパワーアップしていた。
だから見たくなかったんだよね。こうなるとわかっていたから。
わりきれない思いで胸がぐちゃぐちゃになる。

韓国は不思議な国だ。
強い情と恨を背景に欧米とは違うキリスト教観をもち、
根底には仏教儒教思想が流れる。

ピエタとは、死んで十字架から降ろされたキリストを抱くマリアの彫刻や絵の事を指す。
ガンドは血も涙もない冷血な借金取りだ。借金の返せない者には障害者にして容赦なく保険金をもぎ取る。
息子を死に追いやられた母ミソンが、復讐のためにガンドに近づく。
ミソンは捨て子だったガンドの母になりすます。初めは母かと疑っていたガンドも、ミソンの愛に触れ変わっていき、いつしかミソンをかけがいのない母と慕う
しかしミソンの計画はそこで終わらない。自分が死に、ガンドに家族を失った悲しみを味わせることだ・・・・

途中、お寺の場面が出てくる。ガンドは境内で車椅子に乗った老人と出会う。ガンドは車椅子ごと持ち上げて眼下に広がる景色を見せてやる。以前のガンドなら考えられなかった行為だ。その人はガンドに語りかける。「・・・景色が見えないんです」と。
『春夏秋冬そして春』を彷彿させるシーンに私はずっとひかかっている。一体、何が言いたいのだろう。

ミソンはガンドの目の前で飛び降りる。
ガンドは母を失った。しかし母と思ったミソンは自分が死に追いやった男の母であることを悟る。
絶望したガンドは自分に鎖を巻き、障害者にさせた夫婦のトラックの下に潜り込む。自分で自分に刑を課し、罪を償うため死の道を選ぶ。

ピエタはミソンだ。息子の死を嘆き、そして息子に赦しを乞う。
殺したいほど憎いガンドが哀れで可哀想で情が生まれてしまったことを。
母の愛は無償だ。
ガンドに「ごめんね、あなたを捨ててしまって」と涙で何度も赦しをこうミソン。
初めは演技で始まったミソンに、いつしかガンドの母の魂が乗り移っていたのだった。

ギドク監督はいつも我々に突きつけてくる。
人間の業を、罪を、赦しを。
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<『永遠の0』パンフレットより>

今、日本中を感動の渦に巻き込んでいる映画といえば『永遠の0』。
日本人の琴線に触れた『三丁目の夕日』のような、それ以上の感触がある。
三丁目は中高年中心に広がっていったが、『永遠の0』はどうだろうか。
1月3日、戦争、零戦と好みのテーマではなかったが、「見るべき映画」と思い、夫を誘い映画館へ。迫力の映像に優れた脚本。心揺さぶる素晴らしい映画だった。
早くも今年の日本アカデミー賞最有力候補?!
・・・・・
ラストにサザンの桑田の歌が流れる。
主演はジャニーズV6の岡田准一。上手い!若い世代を取り込む戦略。
それでいいのです。目論見もあたり、若い人の姿も見受けられる。
平和ボケしている日本、命の大切さ、尊さを逆説的に訴える。
エンドロールが終わっても、左隣の女性はなかなか席を立たなかった。
右隣の夫といえば後半、鼻を啜り上げる声。まさかと思えば
「久々に泣いた」と言うではないか。

感想を書きたいからblogを始めると言う。
驚くことにハンドルネームまで考えている。blog開設してほしいと私に言うが、そんな~。

こんなに素晴らしい映画なら原作を読んでみたいと思うじゃないですか。
娘に映画のことを言ったら「ああ、本を読んだよ。処分してってそちらに送ったでしょ。」
しまった!昨年、ブックオフにまとめて持っていった中にあったのか。
残念なことに娘の琴線には触れなかったらしいが、300万部を超えるベストセラーだというのに『永遠のゼロ』を知らなかった私も私だ。
図書館で○十人待ちするか、本を買うか、悩ましいところである。