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ウォーキングコースは地味ながらも自然、お寺などの歴史建造物、人工的な建築と変化に富んでいた。
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諸戸氏庭園では、珍しい古代蓮が前日、開花したばかりだった。
六華苑の洋館は生田斗真の映画『人間失格』のロケ地にもなっていた。映画公開後は、若い女性の見学者が増えたとのボランティアガイドさんの説明だった。


今回のウォーキングのハイライトは、何と言っても長良川河口堰だった。
近くで見るのは初めてだ。環境問題で物議を醸し出したが、生物体系を破壊してまで造る価値があったのだろうか。その姿は近未来的で、ちょっと不気味で、でも妙に凛として他を寄せ付けないような存在感を放っていた。

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歩いて渡ってみた。向こう岸には、人間が用意した魚道(さかなみち)があった。前日の雨のせいだろうか、水はどんより濁っていて魚は見ることはできなかった。

頭上を車がビュンビュン走る。
土手を登ると、そこは1号線だった。
日曜日、友人と近鉄主宰のハイキングに出かけた。
長島駅~蓮生寺~なばなの里~長良川河口堰~六華苑~桑名駅まで約9kmのコースだった。

今にも降り出しそうな天気だったので、持ち物は傘、"究極のお弁当"、そしてデジカメ。今まであまりデジカメを活用していなかったので、メモリには3年ものの写真が入っている。でもブログを始めたからにはとリキを入れて持っていく。

友人とは一年ぶりだ。ランチデートもよいが、ウォーキングデートもまた楽しい。連れだって歩きながら、よもやま話に花が咲く。
が、しかし問題はデジカメ。慣れていないせいで写すタイミングが難しい。いい写真は撮りたいが、おしゃべりを中断させてしまう。

話をしているのに携帯062.gifのチラ見は感じが悪い。心の中でつぶやく「こちらの話をしっかり聞いて。」
会話途中のデジカメも同じような気がする。友達が待ってくれているので、とにかく早くシャッターを押す。構図もへったくれもない008.gif。それもこれも「心のシャッターを押す」とか「網膜に焼き付ける」とうそぶいて、今までしっかりデジカメと付き合ってこなかったせいだ。

ゴール直前に黒い雲が広がり、突然ざーっと雨が降ってきた057.gif。駅で友人と別れ、電車に飛び乗った。最寄駅に降りた時にはますます雨足が強くなっていた。雷も鳴る。私は駅前に駐車してあって車に急いで乗り込み家に帰った。
家で荷物を開けた。ヤバイ!デジカメがない!リュックにも、ポーチにも入っていない!かばんをひっくり返して探したが、やっぱり見つからない007.gif

電車の拾得物係にすぐ電話した。係の人は申し訳なさそうにまだ届けがないことを私に告げた。カメラは惜しい。でもそれ以上に悔しいのは、メモリに残る三年物の写真。勿論バックアップなぞ上等なことはしていない。
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同じ日の夕方、夫を最寄り駅に車で送った。念のために、駅員さんにも落し物を尋ねるつもりだった。
ところが・・・・・・・
その必要はなかった。カメラは駐車場に落ちていたのだ。コンクリの上に転がっている真っ黒な物体は、果たして私が落としたカメラだった005.gif。雨ですぶ濡れになってケースの柄もわからない。
だけど、中のカメラは奇跡的に無事だった。

旅先で買い求めた布製のポーチ。どうやらシガレットケースらしい。紐があるので首からぶら下げ、デジカメ入れとして使っていた。びしょびしょになったケースの裏側をしげしげ見たら、しっかりした裏地が貼ってあった。裏地は不思議と濡れていない。布製だけどよっぽど丈夫な作りだったのだろう。どこの国製かわからない民芸品だが、お陰でカメラは命拾いをした。
デジタルメモ機、活躍しています。
袋に入れて持ち歩き、電車を待つプラットホームで、電車の中で、喫茶店で、さっとキーボードを広げている。
袋はUSJのスウィーツが入っていたビニールの巾着袋。メタリックな黒色が気に入っていたのに、なくしてしまった。

かわりに買ったのがコレ。
モン族の作ったポーチ。

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モン族。男の”生き様”を見せつけてくれた映画『グラン・トリノ』で、初めて知った民族だ。

クリントン・イーストウッド演じる主人公は「くろんぼ」「イタ公」と平気で人種差別用語を連発する老人だ。
勿論、隣に住むモン族一家にも容赦ない。しかし、好むと好まざると彼ら家族と関わらざるを得なくなって、何かが生まれ、変わっていく。そして主人公が最後に選んだ道は・・・・

上映終了後、しばらく放心状態になった。
周りの観客もすぐには立ち上がらない。暗闇の中で時間が止まったようだった。
さすが全国ミニシアター館主が選んだ『映画館大賞2010ベストワン』だった。


「死に方」と「生き方」

人は生き方を選べても、死に方は選べない。消化試合のような老後は嫌だと思ってもだ。
私の父は”与”生を”余”生として生きているようにみえる。


差別用語が差別とは限らない。『ちびくろさんぼ』の本が一時期、書店から消えたのは一種の魔女狩りだ。
問題は言葉じゃない。主人公は差別用語を口にしながらも、彼らと友達として付き合っていく。

9・11後の銃の連鎖を止めようと作られた映画。確かにそう紐解くこともできるだろう。
しかし私には「差別」と「死に方」を考えさせられる映画だった。


モン族の刺繍のクロスステッチの縦糸と横糸が、交差する「死に様」と「生き様」のようだ。
一体、誰が言い出した言葉なのだろう。

決勝トーナメント進出を決めたニッポンチーム。
メンバーの田中闘莉王は試合後のインタビューでそう答えていた。

前にもどこかで聞いた。

上手く立ち回れなくてもいい。
みっともなくあがいてもいい。

『下手は下手なりの戦い方がある』
口に出して言ってみると、なぜか涙がこぼれそうになる。

で、それで・・・・・・


私は何と戦っているのだろう
何と戦おうとしているのだろうか

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そもそも私がブログを始めようと思ったのは、映画やドラマの感想を思い切り書きたかったからだ。

私はいい映画に出会うと、誰彼となく語りたくなる。
しかし、見ていない者にはいくら熱く語られてもわけがわからないし、さほど興味も思い入れもない者にとっては、迷惑至極この上もない。

人の好みは様々だ。熱くなりがちな自分を抑えると、今度は相手の好みなどあれこれ考え過ぎて、素直な感想が言いずらい。

自分で気持ちを消化できる人はいい。
でも、どこかで吐き出したい人にとって、ブログは格好の表現手段だ。ましてや少々偏った趣味(笑)の持ち主なら、尚更、強い味方となる。
友達の励ましもあり、ブログを始めたわけだ。

最初は映画やドラマの感想、スグレモノの紹介くらいを書くつもりだった。
それが・・・・・こんな筈ではなかった。これも『blogマジック』のせいだろうか。

文章を書いていると、自分の語彙力の少なさに気づかされる。同じ言葉ばかり繰り返し使っている。もっと本や新聞を読まなくてはと痛感する。
また書くことの難しさもだ。例えば"句読点"。句読点一つで文の印象が変わる。
だが、どこにつけたらよいのか未だにわからないので、句読点が私の文章の中で彷徨っている。

でも自分の気持ちがある程度消化されたのは、ブログの効用だ。形になって充実感もある。
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写真提供:友人YM氏


書くにしても、話すにしても「私をわかって!」全開モードは自分も他人も疲れる。
だから・・・・・
「これが私の正直な≒気持ちです。あとは好きに受け取って」。

最近は言葉は使いすぎない方がいいと思う時もある。
空白に意味をもたせたい。そう思いつつ、つい冗長な文を書いてしまう。

ブログ生活は始まったばかり。ブログ先輩が「デジカメは外付けのメモリ」とアドバイスしてくれた。これからは写真にも語らせたい。
苦手だったデジカメとの距離も縮まりそうだ。
いつもお邪魔するブログでブログ主さんが「当たり障りのない記事は書きたくない」と書いていた。
私も基本的に賛成だ。例えば、食べたメニューと写真だけの記事ならNGだ。
食事をどのように感じ、何を考えたとか、場の雰囲気、会話まで話が及ぶなら書く意味があると考える。

それでも私はやはりブログに載せられないことはあると思う。
書けること、書けないことを頭の中で"仕分け”作業している。
さもなくは"オブラート"に包んでいる。

書くことは不思議だ。
時々、自分の意志と関係ない何かが働き、最初の意図と全く違う文末になることがある。
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ところで数年間、ブログを書き続けている友人がいる。
彼女に「まだ昔の記事は読んでいないよ」と言ったら「読まなくていいよ。同じだから」と返された。
その時はそうかなぁ?と思ったが、読んでみてなるほどと頷かされた。
数年前の記事の中にいたのは、やはり彼女だった。彼女らしさが溢れていた。

自分の文を読み返してみても同じことを感じる。
音楽、映画の感想、料理。テーマが何であれ、思考回路はほとんど同じだ。
結局、それが個性、その人らしさというものであろう。

『人格』があるように、『文格』があると私は思う。
いくら修飾語句で飾っても、透けて見えてくるその人。文格は限りなく人格に近づいていく。
書くことは不思議だ。


気にしないと言いながら、気になるアクセス数。
個人的な日記なら絶対、アップしない画像。
自分のためと言いつつ、どこか意識するパソコンの向こう側の視線。
blogは奇妙な自己表現手段だ。

blogを始めてもうすぐ4ケ月になる。
キャベツってこんなに美味しかったの?
キャベツ好きも、そうでない人もうならせるキャベツ料理。
料理のテーマは・・・”シンプル・イズ・ベスト”。
・・というと聞こえがよいが、要するに”手抜き料理”(笑)

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まずは巷で大流行のタジン鍋を用意する。
フライパンで炒めるのが”シャワー”に例えられるなら、タジン鍋は”温泉”だ。
素材を芯からじっくり温めます。
タジンで作ればいつもの料理も別物だ。

キャベツを大きいものなら半分に、小さいものならそのままで、4~6切れにする。
固まりのまま水で洗う。
タジン鍋に、ほとんどネギサラダで紹介したガーリックオイルを入れる。
ガーリックオイルは優れ物。赤唐辛子を1~2本入れて是非、作り置きしておきたい。
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鍋が熱くなったら、キャベツを入れ、表面にうっすら焦げ目をつける。
塩コショウをふり(クレージーソルトがあれば尚よい)ふたをして数分、中火から弱火で蒸す。
粉チーズをたっぷりふり、再び蓋をしてまた1~2分蒸す。

タジン鍋ごと食卓にどうぞ。
仕上げにパセリのみじん切りを散らせば、立派なディナーの一品。
ワインも似合う大人の味。ナイフとフォークで熱々を召し上がれ。
いくらでも食べられて「これって本当にキャベツ?
連日、熱戦が続くワールドカップ
スポーツ音痴の自分でもブラジルが強豪国であることは知っている。
下馬評ではどうなのだろうか。優勝候補なのだろうか?

ところで、『勝ち組』、『負け組』はここ数年よく耳にする言葉だ。
『勝ち組』は上手く立ち回り経済的に成功した人や組織に使われるようだ。一方、『負け組』は貧乏という意味か、どちらにしても上から目線で言っているようであまり気持ちのよい言葉でない。

この『勝ち組』、『負け組』がブラジルでは全く違う意味で使われていたことを最近知り、ちょっとショックを受けた。

f0234728_185075.jpgブラジルは約100年前より多くの日本人が移民した国だ。そんなブラジルの日系人社会で、第二次世界大戦後、日本の敗北を信じなかった人たちが『勝ち組』だ。
敗戦を受け入れた『負け組』と『勝ち組』は日系人社会全体を巻き込み、大きな抗争にまで発展した。

時がたち、『勝ち組』の人たちも年をとり、日本を訪れる。高度成長期の日本、立ち並ぶ高層ビルを眺め言い放った。「ほら!日本は勝ったじゃないか」。こんな嘘のような本当の話まであるらしい。
それはともかく、大勢の死者まで出した抗争のため、日系人社会では『勝ち組』『負け組』を口にするのは未だにタブーになっているらしい。

インターネットや情報網が発達した現代なら起こり得なかったことだろう。が、これも陽気なラテン、ブラジルで現実にあった影の部分だ。


昔は日本からブラジルに移民したが、1990年入管法改正以来、今度は多くの日系ブラジル人が日本に来るようになった。彼らは日本経済の一端を担っている大事な働き手だ。
彼らは今、故郷に想いを馳せて、祖国を応援しているに違いない。

f0234728_18503769.jpgガンバレ、ブラジル! ガンバレ、ニッポン!
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突然、車が動かなくなって国道で立ち往生した時のこと。
JAFに連絡したら、「ハザードランプをつけて至急、車の外に出てください」と言われた。その時、病院帰りの母を乗せていた。

たまたま車に積んであった、黄色の折り畳みイスと赤いバスタオルと毛布。
私は母を急いで歩道に降ろし、イスに座ってもらった。夕方になり風も出てきたので、毛布と、首に巻いてもらうようにバスタオルも渡した。
私はというと、座っている母の隣に立って、近づいてくる車にお辞儀をし続けた。ラッシュ時ではあったが、皆、スムーズに車線変更してくれた。
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あの時の光景を思い浮かべると、ちょっと笑えてくる。
国道の歩道に、6月にもかかわらず、毛布にくるまって黄色のイスに座っている老人一人。首には真っ赤なタオル
通り過ぎる車は、さぞかしギョッと005.gifしたに違いない。
私は自他とも認める(?)ネギ大好き人間だ。
ネギは私にとって薬味以上の存在である。
生地が見えなくなるほどぎっしりネギがつまった"ネギ焼き"は大好物。
"うどん、ラーメン"のトッピングてんこ盛りは常識。
調子に乗ってパスタにも大量のネギをのせたら・・・これは失敗(^_^;)

そんなネギラーである私のオリジナル『ほとんどネギサラダ』を紹介します。

最近、とみにひどくなった健忘症。家にあるのをすっかり忘れてもう一束買ってしまった薬味ネギ
ネギは冷蔵庫にひっそりといるので、気づいた時にはベチョっとしていることが多い。
そんな悲しいことにならないために思いついたネギ主役のサ・ラ・ダ

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薬味ネギ一束を4~5cmくらいの長さに切る。たくさんの量にギョッとするかもしれないが、心配無用。あっと言う間に食べ切ることができる。青じそ、ミョウガは適量、千切り。


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ポイントは、ニンニクを漬け込んだオリーブオイル。食べる直前に、このオイルとポン酢を合わせたドレッシングであえる。
シーチキンなど混ぜてもいいが、敢えてネギ野菜だけで潔く、ほろ辛さを味わいたい『ほとんどネギサラダ』。

ネギは血の循環をよくし、免疫力を高め、体を温める働きがある。但し、昔、親から言われた「ネギを食べると頭が良くなる」、この効能に関しては保障の限りではありません。006.gif