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Skoop On Somebodyのファンの世界はとても狭い。
チケットを譲ってもらって知り合ったAさん
コミュニティサイトで知り合ったBさん
友達の友達のCさん

AさんとBさんはネットで知り合い
BさんとCさんはコンサート仲間
結局、全部つながったSkoopの輪。
Skoopが何者かもわからず、コンサートにつきあってくれた友達のDさん。
彼女も交え、嬉し恥ずかしの初のオフ会だ。
オフ会での共通言語は、もちろん”Skoop On Somebody”

二人になって、韓国人歌手フィとコラボするなど
あれこれ模索をし続けるSkoopだが、
久々の全国ツアー、とても評判がよい。
地元公演が1週間を切り、いやが上にも期待が膨らみます.

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タイから帰ったその日にコンサート会場直行予定。

コンサートが終われば、そこからは長くて暑いB面の夏。
夏の旅行先が急遽タイに決定して、真面目な(笑)私は昨日から事前学習。

まず地元商店街でオープンしたばかりのタイ料理店で試食。味は本場を知らないのわからないが、店が来年までもちこたえるかと心配な客の入りだった。

そして以前から"見たいリスト"に入っていた『風の前奏曲』DVD鑑賞。
タイの伝統楽器ラナート(木琴)の、実在した奏者の物語だ。青年期と老年期を行き来するので、なかなか点と点がつながらずついていくのが大変だった。
(なぜ彫刻のようなお顔の青年があの老人になるの?あんなに可憐な女性がなぜ・・・という突っ込みはなしですよね。)
シャムからタイ王国への激動の時代をバックにした骨太の物語だ。ラナートが時には嵐のように激しく、聞くものを揺さぶり、時には大地を優しく吹く風のごとく人々を癒す。
主人公は伝統楽器でありながら新しい奏法を編み出したり、まるでジャズのように他楽器と即興で曲を作り上げていく。
ライバル奏者とのラナート対決は圧巻だ。あまりの激しさにライバルはとうとう指が動かなくなるのだが、感謝をのべ負けを認めて去っていく・・・・
第二次大戦下、軍の圧力にも負けない反骨の精神の持ち主でもあった主人公は、今なおタイで尊敬されている音楽家と聞く。

二日目は『シチズンドッグ』。東京国際映画祭2005年度上映作品、今年、DVD化になったタイ映画だ。缶詰工場につとめる主人公ドッグ・・・恋に破れ自殺しようと思い詰めるとヤモリに転生した祖母が天井にあらわれ・・・プラスチック排斥運動に投じる女性、幽霊ライダー、ドッグの周りには奇妙な人物が次々登場する。バッグに流れる音楽はラップ、ポップスに歌謡曲、ミュージカルと多彩で楽しい。
ギリアム監督の作品のようにシュールなファンタジーだが、こちらはアジア映画らしく土の香りがする。面白くて笑いたい、だけど、懐かしくて泣きたくもなる。何とも形容しがたい不思議な魅力の映画だった。


飛行機はとった。ホテルも予約した。行くところは・・・これから考える。
バンコクの街を歩いて、匂いをかいできたい。

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「人類最大の夢は不老不死。時間を止めることと過去に戻ることは・・・」と電車の中でPOMERA(デジタルメモ機)で文を書いている私の隣に突然、少年が座ってきた。年のころは10歳前後くらいだろうか。
夏休みになったばかりの昼下がり。その少年は先ほどまで向かい側の席で、イマドキの高校生らしき少女二人と楽しそうにおしゃべりしてた。

「じゃあ、頑張って」と少女たちは少年に声をかけて降りていった。

少女たちが降りると、少年は私の隣にきて珍しそうにPOMERAを眺めては「ねぇ、それはメール書けるの?」「インターネットで調べられるの?」と聞いてくる。「文章を書くしかできないよ」というと、藪から棒に「藤原氏とか昔、貴族が長生きできなかったのは食事が原因です」と言い出す。
(ははあ~、これが噂に聞く『レキジョ』かな。でも男子だからレキダン?ちびっ子レキダン?)と思うと今度は急に「『時は金なり』と昔からいうほど、時間は昔から大切にされてきました。」「長く生きるためには、規則正しい生活が必要です」と故事成語に健康論までぶってくる。「僕、歴史好き?」「うん。秦の始皇帝までは自分で調べてよくわかっている。中学に入ったらヨーロッパの国々の歴史を調べたいんだ」と目を輝かす。


「論文に書くときはね」(ええ!?なになに!小学生が「論文」だって?)私は一瞬、聞き間違えたかと思ったが、少年は言葉を続ける。
「本で調べると『本によると・・・』と書かなくちゃいけなくて、ネットで調べた知識なら『ネットによると』と書くんだよ」「自分で考えたなら『・・・ではないかと思う』と書かなくてはいけないよ。」と親切に論文の書き方の指導までしてくれる。

私は再びPOMERAに目を落とす。「さぁ~、この次に何書いたらいいかなぁ?」と少年に聞いた。
すると「あとは自分で考えてね。バイバイ」と言って次の駅で降りていった。

外は今日も、うだるような暑さで空気がゆらゆら揺れていた。
昭和っぽい雰囲気をまとったデスマス調で話す少年は、もしかしたら『時をかける少年』だったのかもしれない。
あまりの暑さで私は白日夢でも見たのだろうか。



「楽しいですね。時間に追われることは。いずれ時間が解決してくれますから。」

真夜中のメール、書かれてあったその言葉で眠気もふっとんだ。
そんなこと、今まで一度も考えたことがなかったからだ。

時間に追われることは嫌だ。ストレスだ。
ギリギリまで取りかかることができない自分は
もっと時間があればといつも思う。
しかしもっと時間があったらどうだというのだ。やっぱりギリギリまでやらない。
だから結局同じこと。

「時間に追われることは楽しい」そんな心境になってみたいものだ。
否、そう思える人は実は「時間を追っかけている」人なのかもしれないですね。

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すがるような目をして
私を引き留める
見知らぬ老女
「ちょっと話を聞いてよ」

「この人はね、バスの時間があるから」
その声に救われる

老女が去った後も
こだまする
「ちょっと話を聞いてよ」

耳に押し寄せてきて
私は溺れそうになる
午後8時
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パソコンに向かってうち続ける。ファイルを送る。ダメだしメールが返ってくる。直して送る。再びメールが戻ってくる、一晩で22往復!
まるでパソコンの向こう側と格闘技をしているような気になる。

時間がたつにつれて、次第に本筋から離れていく。余白がどうとか、半角にとか・・・
(いい加減、そちらでやってよ)と思うのだが、元データーを複数の人がいじると収拾のつかないことになる。
何しろ私がデーターの仕上げ役だから。
夜中の1時過ぎ、ようやくOKのメールをもらい、試合終了のゴングがなった。
あるセミナーのグループワークのレポート提出は、数時間後にせまっていた。

朝、パソコンの向こう側の人と顔を合わせた。
「お疲れ様でした。」と手を差し伸べられた。
「悪く思わないでね。細かい注文を出してもあなたはできる人だと思ったから」とリーダー格のその人は言った。

これって誉め言葉なんだよね?

だが、パソコンを使えない一人は完全に置いてきぼりを食らった形となった。
最初はファックスで送っていたが、そのうち対応できなくなってしまったからだ。
「ごめんなさい。」

好むと好まざると、パソコンというツールがないとできないことが多くなった。
しかしパソコンのお陰で効率化になったのか、やらなくてもいいことが増えて煩雑化になったのか、よくわからない。
さて、私はSkoopにのめり込むにつれ、日本のR&Bの元祖で代表的な歌手である久保田利伸を生で聴きたくなった。

しかし、彼はアメリカを活動の拠点にしているのか、他のアーティストとコラボで忙しいのか、なかなか単独コンサートがなかった。
しかし、とうとうチャンスが訪れた。娘の誘いでセンチュリーホールへ。
歌手生活25年近く、久々のコンサートに追加公演も決定したほどの人気だった。

久保田利伸といえばやはり『LA・LA・LA LOVE SONG』でしょう。キムタクがキムタクとして輝いていたあの頃、ロンバケこと『ロングバケーション』のテーマです。
しかし期待の『LA・LA・LA LOVE SONG』はアレンジにアレンジを重ねてあった。
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久保田の40代後半と思えぬ体のしなやかさはたゆまぬ筋トレの賜物か。
高音域もラクラク出す声量と歌唱力に、娘は「高音をファルセット(裏声)を使わないK-POPの人みたいだね。」

その通り。韓国の歌手の高音の声量は驚くべきものだ。その高音域にはまってK-POPを聞きまくった時期がある。ラテンやアメリカの歌手なら体格が違うからと言えるが、韓国は同じアジア人。
私なりに理由を分析したので「なぜ彼らは高音域を楽に歌えるか」という論文が書けるかもしれない(笑)。

久保田はうまい!とてもうまい!・だけど、なぜ日本語をあんなに巻き舌で歌うのだろう。MCは滑舌もよく、正しい標準語を使っているというのに。アメリカ生活のせいかと思ったが、テレビで昔の映像を見ても同じ歌い方だった。

私は(音楽は言葉を越える)と信じているので、どんな外国語の歌もOK(だと思う)だが、巻き舌の日本語の歌だけは勘弁してほしい。FMラジオのDJみたいな日本語は外国人ならともかく。

耳に残るは「ラリルレロ」だった。が、シンプルなステージ空間をクラブ風に、ニューヨークの街角に、ブロードウェイ風に創りあげていく照明技術。バックコーラス、演奏もさすがでした。

アンコールで歌いあげた『Cymbals』。早速、TSUTAYAで「お借り上げ」です♪
米原万里は『ブロードキャスター』でコメンテイターしていたロシア語通訳者だった。
毒舌でも不思議と嫌みのない女性。私が彼女に対して持っていた知識はそんなものだった。

しかし、いつしか番組を見なくなり、彼女の姿も目にしなくなってしばらくたったある日、たまたま入った書店で「米原万里、最後のエッセイ集」という文字が目に飛び込んできた
最後の?!そうか。彼女は亡くなってしまったのか。
そんな年ではなかったのに。少し頭がくらくらしながらも、彼女の最後のメッセージなら読まなくてはと本をレジにもっていったのだった。

心臓に毛が生えている理由』は通訳者らしく、的確かつ無駄のない言葉で書いてあった。もっとも彼女に言わすと「帰国子女なのできちんとした日本語しか書けない」となるらしかったが。
言葉に対する覚悟も感じられ、文体は彼女のコメントと同じで鋭く、またそれが小気味よかった。

本にはロシアで過ごした少女時代のエピソードも入っていた。

ロシアの学校では教科書を音読した後、自分の言葉で要約しなければならない。文字は読めても要約するまでの語彙力がないので、米原は当てられても答えることができない。
一方、図書館には子供たちから「尋問者」と怖れられているドラゴン・アレクサンドリアという先生がいた。本を返却する米原に「誰が主人公なの?何の話なの?話しなさい」と尋問のように聞いてくる。震えて足が立ちすくむのだが、次の本を借りたくて必死で答える。そのうちドラゴン先生に語ることを想定しながら本を読むようになっていった。

ある日、授業中、国語の先生が彼女を当てた。いつものように形だけ当てたのに彼女は答えてしまう。先生もクラスメイトもびっくりする。そう。気づかないうちに表現力がついていたのだった。
今でも面白い本を読むと頭の中でドラゴン先生に語ってる・・・・そんな内容だった。
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さて、私はある人に米原真理の本のことを話した。
するとその人は「米原真理は小説やエッセイも書いているが、一番の作品は書評だ。彼女の書評を読むと本を読みたくなる」と語った。
「書評も文学」と考えたこともなかった私はずっとその言葉がひっかかっていた。
図書館の怖い先生のエピソードも頭に残っていた。
しかし、その二つは私の中で別々にしまわれた記憶になった。

ところが昨日、突然、二つのことが結びついた。
週末の例のブックレビュー番組のせいかもしれない。

そうか。そういうことだったのか。
本の世界に誘う書評にも本と同じように、読み手を惹きつける力がいる。
米原はドラゴン先生による尋問のお陰で『書評力』が身についたのだ。

人は話をすることによって表現力を身につけていく。その力はよき聞き手を得て、更に育まれていくのだ。


あなたの周りには『ドラゴン先生』がいますか?
そして・・・あなたは『ドラゴン先生』になれますか?
まったりした土曜日の朝のことだった。

「ゲゲゲの女房」流れからたまたまつけていたNHKBSで、本の紹介をしていた。
(ふ~ん、こんな番組があるんだ)と何の気なしに見ていたら、一見普通のおばさんが話している。
もっともちょっと考えれば、普通のおばさんがNHKの書評番組にゲスト出演しているわけはないのだが(笑)。
「この本は読む人を選ぶかもしれない。」ここまでは私は聞き流していた。ところが、彼女はこう言葉を続けた。「私は残念ながら完璧、選ばれなかった人だったのですよね。」(ん?何を言い出すのだろう?この人)と私は耳をそばだてた。

「この世界に入れる時と、入れない時がある。昼間読んでいる時は全然ダメだった。」「例えば、」と言って彼女はページをめくる。「『僕たちはズンズン祭りが大好きだ。』この部分で私はこの祭りは何だ?と思うわけ。そこでひっかかって読むのが止まる。だけど、夜、疲れている時に読んだら、ああ、こういうこともあるかなと思う。読む態勢を変えると、読める本なのかもしれない。」

人間もそうだ。この人、ダメ、合わないと思っても、違う場所で意外な一面を見るとこんな人だったのかと思う時がある。本も生き物。読む時間で見せる顔が違うということか。

他のゲストも「音楽を聴いているようだ」とコメントしていた『地上の見知らぬ少年』、面白そうな本だが、『青木るえか』。ふわっと見える外見と裏腹に出てくる独特の直球の言葉たち。タダ者じゃない匂いがした。

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「それで、あなたは民主党を信じていますか?」f0234728_912881.gif

その時、老健の食堂のテレビではニュースがついていた。
そこに入所しているお年寄りからのいきなりの質問だった。
「え!信じる?」
思いがけない言葉に聞き返すと、どうやら「民主党を支持していますか?」らしかった。
返答に困ったので直接答えず「今回の選挙は消費税が争点ですよね。」と言った。
「日本には財源がない。菅さんの言っていることは正しい。小沢さんは政治家というより政治屋だ。鳩山さんはお坊ちゃん。菅さんが三人の中で一番まともな政治家だ。」とそのお年寄りは言い切る。
「じゃあ、あなたは民主党支持ですか?」と今度は私が聞き返すと、意外な答えが返ってきた。
「公明党です。私は浄土真宗だけど、亡くなった家内が創価学会でね。(公明党に投票せよという)遺言なのです。不在者投票は済ませました。」

はぁ~、思わず力が抜けました。
奥さんはえらい!『遺言は信条に優先する』
それもよし。


今日は第22回参議院選挙の日です。