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「お母さんの字はそれはそれは強い字でしたよ。字には性格が表れるんですね。『これでいいですよ』と言っても、何度も書き直してみえました。あそこまでねばり強い人はなかなかいません」
私は書道の先生の思いがけない言葉に耳を疑った。「強い?」
母を強いなんてこれまで一度も思ったことがなかったからだ。

書道の先生の名前はどれだけ母から聞いたことか。
先生の一言で舞い上がり、先生の一言で地獄につき落とされる。母にとって畏れつつ敬愛する神様のような存在だった書の師。
私は先生に電話して「高齢な母に無理強いさせないでほしい」と何度、直談判しようとしたかもしれない。その度に母が必死に止めた。しかし先生は「お母さんは本当に書道が好きだったのですね」と言われた。
好きだったらなぜあんなに苦しみ続けたのか。
母の字のどこに燃えたぎるような想いがこもっているのだろうか。
私の頭は混乱する。


主がいなくなってがらんとした家のどこを見ても母の字が目に入る。

冷蔵庫の扉、食卓の上、居間のテーブル、鞄の中、玄関、押入、本の間。
どんなささいなメモ書きもきちんと書いてあり、母の息が感じられる。

ボツになった年賀状の束も出てきた。
去年のこと「お願いだから印刷して。スキャナーで習字をとるから」という私の頼みも聞かず「最後だから」と母は言った。その時は本当に最後になるとは夢にも思わなかった。
母の年賀状は表も裏も筆による手書きだった。
出した数以上のボツになった年賀状の束。一体どこが気に入らなかったのか、充分きれいな字で書いてある。自分で作った宛名の手本まで出てきた。差出人でなくて宛名だ。
母はどんなに体が悲鳴をあげようと手抜きや妥協はあり得なかった。が、次第に体がいうことをきかなくなり、その葛藤が周りの神経を苛立たせた。


母が亡くなる前日に書き上げた作品はどれだけ探しても出てこなかった。まだ不本意な字と言っていたのでどこかで彷徨っているのだろう。母らしいと思い私は探すのをやめた。

母が亡くなって数日後。
私は表具屋さんに母が生前お世話になったお礼に伺った。そこで、あれだけ探してもなかった母の作品が出てきたことを知った。

母の最後の作品は黒リボンに縁取られて4月に展示される。『わたしの好きな言葉』がお題だ。
母の好きな言葉とは何だろう。
母が命と引き替えに書いた書との対面の日は、もうすぐだ。
あれから私は頭の中で母と会話している
もう気持ちがザワザワすることもない

日に何回も鳴る電話はなるべく取りたくなかった。
「脚が痛い」「眠れない」の悲鳴と「書けない」の嘆きで始まるとわかっていたから。
「心配で心配で」も重かった。
着歴も胃をキリキリさせた。
だから深呼吸してから電話をかけた。

そのくせ母から電話がないと心配で
家も外も至る所が危険箇所に見えてきて
心配は心配をよんで
私の心は安まらなかった


父のことを丸投げした母が恨めしく
父と母が肩に重くのしかかり
どうして私だけがという思いでいっぱいだった

家中の部屋を使って習字を書く母から習字をとったら
何も残らなかった。
骨身を削ってとりつかれたように習字にのめり込む母は
私の理解を越えていた。

母の性格は一言でいえなくて
母との関係も一言でいえなくて
ねじれてよれていた


やっと実現した友達との旅行
空港バスから降りたら携帯に何度も着歴があった。
すぐ電話を入れたがつながらなくて
きっとお風呂に入ったのだろうと思っていた。

それが母からの最後の着歴だった。
「無事に帰ったか心配で心配で」だったのか
今となっては確かめるすべはない。

後悔の涙はとめどなく流れるけど
母との会話はもう穏やかだ。
「私、きつい娘だったね。優しくできなくてごめんね、お母さん」
「もう脚は痛くない?もう眠れる?
もう止めないから好きなだけ習字書いてね」

耳に残る母の声と、私は会話する。
アメリカンアイドルシーズン10を視聴中。
アメリカ各地で10万人以上の応募者から一次審査を勝ち抜いた327人一同がハリウッドに集まる。
過酷なハリウッド予選の始まりだ。
二日間にわたる『ソロ審査』は10人グループにして一人ずつアカペラで歌う。
半分近く不合格となり168人にとなる。
三日目は地獄の『グループパフォーマンス』。
3人~5人のグループを組み、20の課題曲から一つ選ぶ。アレンジ、振り付けも自分たちで考える。

グループ作りをウォッチングするのは下手なドラマや映画よりエキサイティングだ。
それにしてもグループパフォーマンスとはうまく考えたものだ。さすがオーディション大国アメリカだと唸る。時間が短縮できるだけではない。あたりをつけたグループで、一節うなる。(?)自分の声に合ったハモれるメンバーと曲を、即座に嗅覚で嗅ぎ分けていく。これは歌手に必要な素養の一つではなかろうか。
グループに入るのを拒否され続ける者を見ていると、こちらまで胃がキリキリしてくる。会場で人があっちこっちとうごめいている。くっついたり離れたり繰り返している。

「みんな頑張るだけ無駄。私には勝てない」と言い放ったティファニーは、口が災いしてどこのグループにも入れてもらえない。そりゃそうだろう。そんな人が入ったら、グループを乱し足を引っ張りかねない。メンバー選びは、自分が勝ち進めるかどうかの死活問題だ。断り方もびっくりするほどストレートだ。「入れてもらえない?」「NO」「本気?」「本気だよ」。断られた彼女は「後悔するわよ」。
一人の男性を見つけて上から目線で「私の歌を聴いてもらえばわかるわ」。答えはもちろんNO。
どんどんグループができてくる。人の波も動かなくなってくる。さすがに焦る彼女はマイクを持って「誰か私と組む人いない?」と呼びかけるが、無視される。が、やっと組んでくれる女性が現れる。だが、最低人数は三人だ。どうしてももう一人が見つからず、主催者から特例として二人グループが認められることになった。

あぶれた人は他にもいた。低音が魅力の青年はようやくグループに加わることができたが、彼が加入したため、15歳のぽっちゃり少年が夜中になって追い出された。「音楽の方向性が合わない」と仕切役が冷徹に切る。グループには自然と仕切役ができている。
少年を今更受け入れてくれるグループはどこもいない。泣く泣く少年は棄権しようとするが、地獄に仏、拾ってくれるグループがあった。

背の高い黒人の男性はメンバー加入のチェックが厳しい。自分のイメージする声に合わないとなかなか首を縦にふらない。。ところが突然、自分が他のグループに移ってしまう。彼に去られたグループは勿論、怒り心頭。

できあがったグループは会場のあちこちで練習開始。音の洪水に自分たちの声さえも聞こえない。非常事態でトイレも練習場と化する。

カメラは執拗に出場者を追いかける。
曲はなかなか仕上がらない。自分のパートはうまく歌えない。精神的に追いつめられる。「カメラに耐えられない。家に帰りたい」と泣きだし棄権しようとする者もでてくる始末。結局、この女性はボーイフレンドに励まされ思いとどまる。

カメラは女性二人男性一人のグループも映す。
男性は歌詞も振りも全然頭に入らない様子。女性一人がモトカノというのも事態を深刻化させている。女性からハッパをかけられても、やる気もなく、ふてくされている。

シーズン10から参加資格を年齢15歳からと引き下げた。そのせいで今回はヤングパワーが目立つ。一つの10代グループには強力なママさんがついている。娘や息子たちに細かくダメダシチェックをするので「不公平だ」と他のグループからブーイングだ。
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ハリウッド予選三日目の朝が開けた。
夜中までの練習で皆、フラフラだ。

グループで合格、不合格を決めるかと思ったら、審査単位は個人だった。全員合格するところもあれば、一人、二人しか合格しないところもある。

審査員を持ち上げるパフォーマンスしても実力が伴っていないと不合格だ。しかし歌詞をとちっても、本番に遅刻しても、合格させていたのには驚いた。落とすには惜しい、光る何かがあったのか。シーズン10の新しい審査員の基準は素人の私にはわからないが、人間らしくて好感がもてる。

全アメリカが注目する視聴率トップの国民的”お化け番組”。
プレッシャーとストレスはハンパじゃない。
グダグダになってしまい「私はこんなものじゃないの。もう一度チャンスをちょうだい」と泣き叫ぶ女性。
本番直前で耐えられず棄権する人。
嫌われティファニーの歌はどうだったかというと聞くに耐えないものだった。そんなティファニーに同情して組んだ女性は情に流されやすい人だったのだろう。
ぽっちゃり少年も、彼を追い出した男性も両方とも合格だった。
やる気のない男性は、本番では「歌詞が覚えられないけど自分なりに歌うよ」なんてふざけたアドリブ歌詞で歌って勿論不合格。女性陣は合格。モトカノとヨリを戻す日は永遠にこないだろう。ママに素直なティーングループは全員合格。ママ達は飛び上がって大喜び。将来のステージママ間違いなしだ。

ジェニファー・ロペスやエアロスミスのボーカリストのスティーブン・タイラー達、審査員の表情はくるくる変わる。
ノリノリになってコップを叩いてリズムをとる。音を外すと顔を露骨にしかめ、ボロボロに言う。歌っている最中の審査員の私語もマイクは拾う。「これで15歳とはねぇ。天才的ね」。
観客も同じだ。パフォーマンスが素晴らしいと全員総立ちする。心に感じるままに素直に表情に態度に出すっていいなぁと思う。
シーズン9は途中から見たのでわからなかったが、<アメリカンアイドルの醍醐味は予選にあり>と思えた。この人はどうなるかなと気になる人も出てきた。

グループパフォーマンスが終わると参加者は4つにわけられ、別々の部屋で待機だ。
部屋ごとまとめて合格、不合格が言い渡され100人となった。不合格で人生の終わりだと気落ちしている人達に審査員はハグをして「自分たちも何回もオーディションに落ちたんだ。歌をあきらめないで」と励ます。
4日目は伴奏、コーラスつき、またはアカペラで『個人アピール』だ。
5日目の課題は今回は『ビートルズ』だ。2人~3人組でビートルズの歌を24時間以内にマスターして披露。どんどんハードルは高くなり、振り落とされていく。
しかし、アメリカンアイドルシーズン10はまだまだ4合目くらいだ。

*一部名前を訂正しました