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f0234728_20423039.jpg今年も見ました。『クリスマスの約束』。
録画予約したが、25日23:30、テレビの前に座る。
小田和正の"政治力"・・それは冗談だが、実力派がこれだけ揃うのは小田の"音楽力"があるから・・に疑う余地はない。
去年のメンバー、スタレビの要さん、松たか子、山本潤子、スキマスイッチ以外に今年は鈴木雅之、キマグレン、佐藤竹善にJUJUにCrystal Kayなどなど。どこに小田と接点があるのかわからないが、小田に声をかけられることは歌手として非常に名誉なことだろう。

ゲスト歌手42人で大メドレー『28分58秒』は圧巻だった。
初めて『クリ約』見た時は自分の持ち歌を歌って他の人はハモルだけと思った。だが、ゲストの面々が「音源と譜面を渡された時にはオファー断ろうかと思った」と言うから実力派歌手でもメドレーはとんでもなく大変なことらしい。
全員メドレーで心が一つになっていくのがこちらまで伝わってくる。
最後の曲を歌い終わるとゲストたちは感極まって涙ぐみハグし合っている。

『クリスマスの約束』は私のクリスマスの風物詩になりかかっている。この番組を教えてくれた友達に感謝だ。
また、無事にクリスマスを迎えることができたことにも感謝する。

今年も残すところあと3日。いつもなら今頃は年賀状書きに追われているころだが、今年は喪中。
「年賀状を書かなくてもいいよ」と両親からの「時間」のプレゼントをもらった気がする。
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「カメラの画素数の違いとか機能の違いだけです。」
某携帯ショップ窓口でけんもほろろに言われてしまった。

今、使っている携帯は充電しても一日ももたなくなってしまった。安心パック保証で一度、電池を交換しまったので次は実費だ。だから今度、電池がパーになったらスマートフォンと決めていた。機種によってどう違うのか話を聞きに行ったのだが、この応対。前もこのショップは応対が悪かった。『海外パケットし放題』を聞いたら「説明書を見ればわかります」。理解力が乏しい私は説明書を読んだだけではわからない。向こうで適当に操作したらどえらい請求がきて驚いた。説明受けても実際操作してみて「ああ、こういうことだったのね」というのが機械モノでしょうが。
このショップはもう行くまいと思い、別のショップへ。
そこでは私にもわかるように親切丁寧にスマホABCを教えてくれた。

PCヘビーユーザーだし、その上、大事な情報はプリントしないと頭に入らない中途半端なアナログ人間が、スマホのネットがどれほど必要か・・なのだが「やっぱり時代はスマホでしょう」としっかり刷り込みされている。
一度、ペットボトルの水をこぼして携帯をパーにさせた前科があるので防水機能はできればほしい。
カメラの画素数や、3Dは別にどうでもいい。
アプリはよくわからない世界。曲のダウンロードのようなものと聞いてイメージはつかめた。

魔法の指さばきのようなタッチパネル入力にもあこがれるけど、従来のテンキーの方がいいかな。でもテンキーのスマホはディスプレイが小さい。せっかくのあこがれのスマホなのにディスプレイが小さいと本領発揮できない。でも大してネットしないのならそれでもいいのかな。でも魔法の指さばきが・・・・と考えて、ぐるぐるまわり(笑)。

「テンキーとタッチパネル入力とどちらがやりやすいですか?」
タッチパネルの入力がやりにくいという声を周りでよく耳にするので聞いてみた。
「最初、タッチパネルはやりにくかったですけれど、慣れていくものですよ。」

そっかぁ。使いやすいかどうかでなくて、私たちが機械に慣れていかなくてはいけないのだ。
チャップリンの『モダンタイムズ』なのだ。私たちのために機械があるのではなくて、機械のために私たちがあるということ。

スマホお使いの皆さん、使い勝手を教えてくださいませ。
「やっと会えたね」。
中山美穂に初めて会った時、辻仁成が言った陳腐な(失礼!)口説き文句だ。
辻とは全然関係ないけど、23日、私も熊木杏里に「やっと会えたね」。
気がついたら終わっていたり、他の用と重なっていたりとニアミス続きの熊木のコンサートだったからだ。

4時過ぎ。ボトムライン前にはファンが並び始めている。想像以上に男性ファンが多いことにたじろぐ。女子を見つけ整理番号が近いことにホッとして彼女の前に並ぶ。クリスマス寒波襲来で寒さで震える。指先がかじかむ。
友達が来るのを待つ間、そのメガネ女子に話しかける。「熊木は初めて?」「いいえ、結構、前からのファンなんですよ。」「男性が多いよね?低い声で『ギャー』って言うの?」「昔はもっと多かったんですよ。みんな静かに聞く人ばかり。最近は女子も増えてきたのでうれしい」「MCはおもしろい?」「間(マ)がいいんですよね。味があって。」「・・・」こんなに男性ファンが多いコンサートは初めてなので興味津々でついインタビュー口調になる(笑)

4時半。開場となった。席を確保してホール内のトイレに行く。男子トイレが(!!)長蛇の列だ。今まで行ったコンサートで見たことがない光景で軽くショックを受ける。
ライブが始まった。
真っ白なダブダブTシャツが熊木の細い体を一層、際だたせる。長い茶色のプリーツスカートが揺れる。茶色に染めた、おだんごヘア。長い手足の動きがちょっと漫画チック(?)。
『Hello、GoodBye&Hello』。高音でいきなり声が裏がえる。曲が終わって咳をする。ヤバイ。今日は喉の調子が悪そうだ。こんな調子で2時間もつだろうか。心配になってくる。MCも元気がない。CDで充分だったかも・・・という思いがかすめる。
たまに「かわいい!」と低い声が飛ぶが、客席は静かだ。隣の男性も前の男性もこっくり、こっくり船をこぎはじめた。他の人はと見ると直立不動だったり、じっと熊木のライブを見守っている。

だが、ここで熊木は終わらない。『戦いの矛盾』あたりから次第に声が出るようになる。『新しい私になって』のような名曲は熊木の声域にあっているのか無理がない。俄然、声が伸びてくる。
私は、熊木杏里は「ライブアーティスト」と見た。
客席の力でだんだん声が出てきて力を発揮するタイプ。
声が出てくると自然、MCもなめらかになってくる。『Hello』で声が出なかった失敗を土下座パフォーマンスして笑いをとる。熊木はああ見えてなかなかだ。
「周りに受けいれられず苦しんでいた時に作った」「旭山動物園のテーマ曲は動物や“生命”に感動して作った曲」。武田鉄矢の事務所時代の話もする。だから『私をたどる物語』が金八先生の主題歌だったのだと謎が解ける。
ファン歴がまだ浅い私はどれもこれも初めて聞く話ばかりだ。
クリスマスだからと特別に歌った『星に願いを』。最初の『Hello』と同じ人が歌っているとは思えない。高音域こそ少しかすれるが、熊木の透明な声とぴったりマッチしていた。
後半はアップテンポな曲で元気な熊木を演出する。観客はスタンディングで手拍子だ。
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<10年前の名古屋駅>

熊木はデビュー10年。「10年前には出なかった音も出て、10年前には出なかった汗も出た」
熊木が語ると、ふつうの言葉も瞬く間に詩に変わる。
熊木の歌詞はメロディーから離れ飛び立つ。
 
ところで会場の大半を占める男性観客は熊木に何を求めているのだろうか。見たところ20歳代から40歳くらい。ほとんどが一人か男同士できているようだ。
熊木はピュアで華奢で守ってあげたくなる疑似恋人?
クリスマスイブイブの夜、観客に投げかける。「熊木、30になりました。30歳でいいですか?」。これってどう解釈したらいいのかな。
熊木の曲は素晴らしい。詩も素晴らしい。言葉のセンスも卓越している。『殺風景』『りっしんべん』などというタイトルは熊木以外に誰が思い浮かぶというのだろうか。
熊木の歌には聞くたびに新鮮な驚きがある。
ホームグランド』は震災後に生きる私たちに勇気を与える。

「来年もきっと来てくださいね」熊木は言う。
でも・・・・私は来年はないかな・・・
「泣けて泣けて翌朝、目が腫れ上がった。見ている途中に友達から電話がかかってきたけど『どうしたの、その声?』と言われた」日本に勉強しにきているSさんとMさん。
「よく日本語の台詞がわかったね」と聞くと「英語字幕があったから」。

1リットルの涙』は数年前、ちょっとした社会現象になるほどのヒット作だった。だが自分は病気モノは得意でないのでスルーしていた。確か実話をもとにした話だったような記憶がある。

久しぶりに聞いたタイトルだった。
誰だっけ。泣くのはカタルシス効果があると言ったのは。
このところ風邪をこじらせ思考停止状態、やる気も出ない毎日だ。カタルシス効果を期待してDVDを借りる。

どこで泣いたんだ、どこなんだ・・・と思っているうちに映画はあっさりと終わってしまった。
脊髄小脳変性症という難病が進行していく様子をヒロインは熱演していた。
だけど、描き足りないのだ。ヒロインを取り巻く人間関係も、ヒロインも。
母が仕事を辞めないのはシングルマザーだからと思ったら途中、父親登場。(あれ、お父さんいたんだ。) 一人っ子だと思っていたら、終盤で唐突に兄弟、それも二人もいた。(弟と妹は今までどうして出てこなかったの?)f0234728_14491444.jpg
あれほどヒロインと親しかった友達も、養護学校に移ったらさっぱりだ。(結構、あっさりな友情ね。それならそれでリアルに描いたらいいのに)
もっともっと葛藤があるはずなのにヒロインもいい子すぎだ。(どうしてそんなに素直なの?)
軸となっている母との関係、女医との関係さえも物足りない。結局、1リットルはおろか1ccも涙が出なかった。

カタルシス効果は期待はずれだった。
不純な動機で見る映画ではなかったのだろう。
現実はきれいごとではないのだけは想像できた。

相変わらず鼻はグジュグジュ、気持ちもまだ晴れない。

*ヒットしたのはテレビドラマの『1リットルの涙』だった。主演は今やお騒がせ女優No1の沢尻エリカだった。
「糸ちゃん、あんた、金輪際、勘助に会わんといてんか。世の中っちゅうのはみんながあんたみたいに強いんと違うんや。みんなもっと弱いんや。みんなもっと負けてんや。うまいこといかんと悲しうて、自分がみじめなんもわかってる。そやけど生きていかとあかんさかい、どないかこないかやっとんや。あんたにそんな気持ちわかるか。商売もうまいこといって家族もみんな元気で結構なこっちゃな。あんたにはなんもわからへんわ。・・・・今の勘助にあんたの図太さは毒や。もう近づかんといて。」

軍隊から帰ってからずっと自分の殻に閉じこもる勘助。そんな勘助を励まそうと糸子がしたことが裏目に。深く傷ついた勘助が自殺未遂までおこす。怒った勘助母が糸子にぶつけたのが冒頭の台詞。こんなに激しい、ヒロイン人格批判は朝ドラ史上初めてではないだろうか。
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韓国ドラマに『愛と野望』というのがある。
1960年代~90年代を背景に一家の多様な人間模様と愛憎を描いたものだ。好評で30話(!)延長され、81話になった大作である。ここまで言うかのリアリティーあるヘビーな台詞に毎回毎回、テレビの前で雷に打たれたようになった。その通りとうなずいたり、心の内を見透かされた気がして暗澹たる気持ちになったりもした。親との対立、思春期の子供、出世欲、嫉妬、一筋縄ではいかない男と女の関係、家庭と仕事、DV、アルコール中毒、鬱病などをえぐる台詞は深い人間観察に裏打ちされ、簡単に善か悪かと言い切れない心のひだひだまで露わにしていた。
脚本家キム・スヒョンが『言葉の魔術師』と言われるのも納得の人間ドラマだった。

『カーネーション』の脚本家、渡辺あやも近いうちにそう呼ばれる日がくるかもしれない。
見ている者の心に鋭く突き刺さった、12月5日の『カーネーション』であった。
俳句を詠む友人によると、俳句は『座の文学』と言われるらしい。

仲間との吟行で詠まれ、句会で他人の目にさらされ、先生の手で添削され世に出る。
俳句は多くの『座』の中から生まれる。
また17文字という情報の少なさは、小説とは比べようがないほど読み手の想像力を必要とする。
それゆえ俳句は小説と区別して『第二芸術』と称されるそうだ。
ある意味、読み手も『座』と言えないこともない。
 
友人は続ける。一人で俳句を詠むより、仲間と詠む方がはるかに良い俳句ができると。
『座』の中で刺激しあい競いあうと、より研ぎ澄まされたものが生まれるのだろうか。

『座』は俳句の世界にとどまらない。居心地のよい座、刺激をもらう座・・・・。
私たちは自分なりの『座』を求めて今日もさまよっているのかもしれない。

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<ソウルの街角で>