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イラン映画が初めてアカデミ―外国語映画賞を取ったと聞いた。
今回も「アカデミー外国語映画賞に外れなし」だろうか。
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<あらすじ>
イランテヘランに住むナデルとシミンには11歳の娘テルメがいる。ナデルは銀行に勤める。妻シミンは子供の教育のために外国に移住したいのだが、ナデルはアルツハイマーの父の介護のためイランを出ることができない。シミンは離婚しても国を出たいが裁判所が認めなかったため娘を置き一旦、実家に戻る。
妻が家を出たため、日中の父の介護に困ったナデルはラジエを雇う。ラジエは信仰に厚く、無職で短気な夫ホッジャトがいた。ある日、ラジエはナデルの父をベッドに縛りつけ出かける。娘と一緒に帰宅したナデルはベッドから落ち意識を失っている父を見つける。激昂したナデルは帰ってきたラジエを怒鳴りつけてアパートの玄関から押し出す。ラジエは階段に倒れ流産してしまう。
ラジエとホッジャトはナデルが流産させたと殺人(胎児)容疑で告訴する。一方、ナデルはラジエが父を縛ったので父が一切口を開かなくなったと訴える。ナデルはラジエの妊娠を知っていたのか。ラジエは老人を縛ってどこに外出したのか。ラジエは突き飛ばされたので流産したのか?真実はどこに?サスペンス要素もはらみ事態は思いもかけぬ展開となっていく。

ナデルはラジエを雇ったのは妻が家を出たからだと責める。妻は家を出たのは徘徊しアルツハイマーとなった舅の介護の重さに耐えかねてだと反論する。アルツハイマーの老人が演技とは思えず胸が痛い。徘徊、失禁。途方にくれ泣いてしまうナデル。老人が垣間見せる正気の目は何を見ているのだろうか。
日本のようにデイサービスやショートステイ制度がイランにもあればこんなことは起きないのか。

いがみ合う両親に胸を痛める健気な娘は母には「家に戻ってきてほしい」と頼み、父には「本当のことを言ってほしい」と泣く。果たして娘は父と暮らすことを選ぶか、母を選ぶか・・・
ナデルが父を、テルメがナデルとシミンを子が親を想う気持ちが自分の体験とオーバーラップして胸に迫る。
緊張感が続く2時間の人間模様。二組の妻と夫。雇い主と雇われ人。お互いに一歩も譲らない声高な言い争いに圧倒される。勝手な言い分にみえる言葉に炙り出される本音、保身とプライド。重くのしかかるコーランの教え。

『外国語映画賞』といわず『アカデミー作品賞』をとってもいいくらいの個人的に大ヒットだった。
イランってあのイランの映画なのですよね。ブッシュが『悪の枢軸』と決めつけたイラン。
しかしハリウッドに負けないくらいの映画と出会って、今晩はあまり眠れそうにもない。
圧力鍋を買わなくてすんだからというわけでもないが(笑)ホームベーカリーを買い換えた。
今まで使っていたホームベーカリー(日立1993年製)で焼いたパンは、ねちょっとして美味しくはなかったが、こんなものだと思って最近ではたまに使う程度だった。
それがカフェで食べたパンがHB(ホームベーカリー、以下HBと記す)で焼いたものだと知り驚いた。HBでこんなに美味しいパンが焼けるなんて。まだ使える物を買い換えるのには躊躇いがあったが、美味しい焼きたてパンを食べたいという思いには勝てなかった。

検討した結果、パナソニックのHBを買った。
干しぶどうなどの具材を自動的に入れる『レーズン・ナッツ自動投入機能』があるのが購入の決め手となった。今まで使っていたHBは投入合図のブザーを聞き逃すまいとHBの前ではりついていなくてはいけなかった。この機能があればレーズンパンがタイマーで焼けるというわけだ。それに残りご飯でもパンが焼けるという画期的な機能もついているらしい。
買って早々、いきなり紅茶の葉入りパンを焼く。香り高く、まずは成功。
調子に乗ってクコの実パン、自家製ドライトマトパン、豆、ゴマ、カボチャの種、バナナ等思いつくまま手当たり次第(?)具材にしてチャレンジ。果ては月桂樹の葉、青汁入り、ワイン入りパンと変わり種パンも作ってみる。そこまではよかったのだが、どうせならと欲をかいて<健康に良い>パンをとシードミックス、ライ麦、全粒粉を入れたあたりから失敗が続く。膨らまない。まるで石のような固いパンとなる。

パンに詳しい友達に聞いた。
シードミックスは具材として考えた方がいいこと。全粉に対してライ麦や全粒粉の割合や、水の分量などポイントを教えてくれた。まずは基本のパンを作ってコツをつかんでから焼くようにとアドバイスを受けた。
そうなんですよね。私はいつも基本のプロセスを飛ばしやりたいことをやろうとしてうまくいかず「急がば回れ」を思い知るタイプ。パン作りにも性格が現れている(^_^;)

基本の材料で焼いてみた。最高に膨らんだ。
ふわふわで、皮までふわふわで、嘘みたいにふわふわでシフォンケーキみたいだった。
食べたという実感もないほど、あっと言う間になくなってしまった。
ドイツパンを得意とするその友人が言っていた。「体にいいものは膨らみが悪い。玄米が白米より膨らまないのと同じ」

パンは人間と同じような気がした。
ソフトで人当たりがよくても会ったこともすぐ忘れてしまう人。
とっつきが悪いけど知れば知るほどじわ~と味がでる人。
『パン道』は人生にも通じ、なかなか奥が深そうだ。
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 <左:日立HB-B2 右:パナソニックSD-BMS104>
それは圧力鍋だ。
圧力鍋のふたが閉まらなくなった。
困った。圧力鍋が壊れると料理ができない。
圧力鍋を使わない日は一日もない。圧力鍋として使わなくても煮炊きするのにちょうどよい大きさと厚さなのだ。流しにしまってもすぐ使うのでいつもガスコンロの上に置いてある。

ところが私が愛用する理研の圧力鍋はもう製造していない。
数年前、爆発事故を起こしてメーカーが圧力鍋から撤退したからだ。

買い換えも考えたが、他のメーカーのは取っ手が仰々しかったりモダンすぎたりと私には受け付けられない。
その日は休みの日だったが、ダメモトと付属料理本に載っているメーカーに電話した。
果たして「うちではもう受けないので●●に電話してください」
教えられた電話番号を回すと女性がでる。
最初に型番と製造年を聞かれる。
製造年が刻んであるという鍋底は焦げ付きがひどかったが何とか読みとった。
状態を四苦八苦して伝える。言葉だけで説明するのは苦労する。
根気よく聞いていたその女性は「では○○して△△を一度やってみてください。それでダメならまた電話してください」。念のために女性の名前を聞くと「大丈夫ですよ。今日は私一人ですから」
休みの日にとっくに製造中止した圧力鍋をサポートしてくれてるとは有り難い。
言われた通りにやってみる。あら、不思議、あれだけやってもできなかったふたが閉まった。
「直りました。」と電話報告する。「ちなみにパッキンなどの部品はいつまで取り扱っているのでしょうか」「今年いっぱいです」

圧力鍋は二台目だ。
一台目は母が結婚の時に持たしてくれた。母は私以上の圧力鍋ヘビーユーザーだった。スパゲッティを茹でるのもゆで卵も圧力鍋だった。さすがの私もそこまではしない。
二台目は1999年購入。
13年の間、毎日私に酷使され続けたわけだ。
いよいよ今年で部品も取り扱い終了だと知ると急に圧力鍋が愛おしくなる。
ナイロンたわしでゴシゴシ磨いた。長い間、手入れを怠っていたので汚れがこびり付いていたが、鍋肌が見えてきて光りだした。ドライバーで取手も外して汚れを落とす。なぜか他の鍋の焦げ付きも気になりついでに磨く。お鍋がピカピカだと実に気持ちがいい。

あと何年この圧力鍋は使えるだろうか。10年はもつだろうか。無理かな。
心して使わなくては。
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<ピカピカになった圧力鍋と、付属本>
f0234728_9415310.jpg先週末の沖縄で『山下達郎Performance2011~2012』全64公演がようやく終わった。5月12日がくるまで長かった。ようやく山下達郎ライブのMCを堂々とblogに書ける。随分、時間がたって今更感があるのだが、せっかくメモしてあったので書くことにする。
つくづく「ネタバレ禁止令」を出した達郎はずるい、いや、賢いと思う。

以前、スタレビのライブを違う会場だが二回行った。最初から二回行くつもりだったわけではない。
とてもよかったので娘も見たらいいなと娘の住む近くの場所のチケットを買った。
ところが娘が行けなくなったので仕方なく私が行く羽目に。
そこで初めてMCは場所が違っても基本、同じなのだとわかった。同じところで笑いをとり同じところで盛り上がりを作る。ここでくるぞくるぞと思うと同じネタがくるのだが、それでもやっぱり面白い。場所が違うと客層も違う。客の反応も違う。それはアーティストにも伝わる。
二度目に行った会場はスタレビの公演を長い間、待ちのぞんでいた地方にあった。教育委員会が公演実現できるように並々ならぬ尽力してくれたと、スタレビは何度も感謝の言葉を述べていた。満員の客席の熱気は愛知県芸術劇場大ホールで感じる以上のものであった。ステージと客席が一体となったとてもいいライブであった。ああ、ライブとは生き物なのだとその時、悟った。

達郎は勿論、そんなことは重々、承知だとは思うが、やはりMCは曲リストと同じだ。特に達郎の毒舌MCは普通のMCと一味もふた味も違う。『ネタバレ禁止令』を出せば、ライブを楽しみにしているファンがネットで不意打ちにネタバレを目にしてテンションを下げることもない。また行こうか行くまいかと迷っているファンはネタバレblogがなかなか見つからないので、やっぱり行こうと決心する。

達郎の毒舌はAKBにまで及んだ。
ぴあで受けた質問の「AKBをどう思いますか」に「ぼくの人生に必要ない」と言おうと思ったけどそれではさすがに不味かろうと「向こうも同じだろうけど(笑)」とした。「いや、ジョークですよ、ジョーク」。音楽業界に生きていて、このCD不毛時代に一人勝ち状態のAKBを批判できるなんて達郎ならではだ。もっとも芸能人が韓流を批判するほどリスキーではないけどね(笑)。
「うどんとそばどちらが好きですか」の質問に「自分は東京人だからもちろんそば。これ大阪人に言うと怒られる」とぴあに答えたら、讃岐人から早速クレームの手紙。「うどんなんてあんなもんは具合が悪くなった時に食べるもの。あ、味噌煮込みは違うけどね(笑)」。ととってつけたように名古屋アゲ。

政治家にもバッサリ斬る斬る。「政治家はバカだと言ったら、スタッフ(?)から「そんなことを言っていいのですか?」とクレームがついた。選んだ自分たちもバカだけど。バカにバカと言ってなぜ悪い」。
客席から沸き起こる拍手。

「みんな、歌詞に過度の思い入れしないように。歌詞に過度な思い入れがある歌をフォークと言う。そんなのは広島のやつがすること。」広島と言えばふむふむ・・・。誰だとは言わなくても・・・。ギリギリトークです。

3時間半のライブ、2月の名古屋にも雪が降りつもった寒い夜。自然、トイレが近くなる。興にのると延々続く即興(?)演奏。いつ終わるかわからないので客の年齢層の高さかトイレに抜ける客ちらほら。「トイレは演奏前にすますように」とビシっとお叱りの言葉。ちゃんと行っていますよね?皆さん。

「アルバムツアーで知らない曲ばかりやると「知っている曲が全然なかった」と文句を言うファンもいる。そう思うなら来なきゃいいのに」。あ、言っちゃったぁ~。それでも嬉しそうに笑うファンたち。達郎ファンは「もっともっと言って」とマゾ体質かもしれない(笑)
「〇〇の曲を演奏しようとしても生演奏だとパフュームのできそこないのような音しかできなくて諦めた」とさすが多重録音のKING、音へのこだわり、執念を垣間見る。

突然、客席のあちこちから沸き起こるバチバチ!バチバチバチ!何事だと思ったらクラッカー!古くからのファンは〇〇の曲になるとクラッカーを鳴らすらしい。達郎曰く「ゴミになるからやめてもらいたいと言おうと思うと、楽しみにしているファンの顔が浮かんで口がもつれる。一度、コンサートホールから始末書を書かされたのでムカついてそれ以来ツアーではその会場を何年も飛ばしてやった。最近、自分の友達が市長になったので復活したけど」とファンを大事にしているのやらしていないのやら。。どこまで本気か客席を煙に巻く。キツイことを言って「でもジョークですよ」と必ず付け加えるところに達郎らしさが見え隠れする。

「〇〇のライブに行った。アンコール始まったら延々グッズの宣伝、バカらしくなって帰った。後から知人に聞いたら30分の間、一曲しか演奏しなかった。帰って正解!」と話す。それでいて自分もさり気にパンフレット宣伝(笑)。「普通、コンサートのパンフは90%写真だけど、自分の写真は誰も欲しくないだろうから今回は歌詞に込めた思いや制作過程を2000何字で埋めた。めったにないパンフレット」という。あれ、さっき歌詞に過剰の期待をするなと言ったはずなのにしれっと言うのが人間臭いところ。そうそう。確かにBOYZⅡMENのパンフ、写真が殆どでガッカリだった。でも達郎のは違うらしい。販売促進の成果か、グッズ売り場では大勢の人で賑わっている。「自分のファンはアラフォー、アラフィフの男性が多いけど、数年前からリストラやなんかで顔から切実が伝わってきている。去年の大震災で今年や来年何が起こるかわからない。陳腐な言葉だけど「頑張ろう」と言いたい。」で3時間半に及ぶライブを締めくくった。

これにて達郎ライブレポート完結。ああ、書けてスッキリしたぁ(*^_^*)
韓流スターさえ出しておけば日本でヒットするとはさすがに韓国映画界ももう考えていないだろう。
韓国映画自体の日本公開も減った昨今の状況ではあるが、映画祭出品作品やインデペンデント系の映画には骨のある作品が眠っている。
訪問者』もその一つ。
不法滞在するバングラディッシュ人と女子高校生の触れ合いを描いた『バンドゥビ』の監督だ。韓国映画でバングラディッシュ人が登場したのはおそらく『バンドゥビ』が初めてであろう。日本でも急増する外国人の不法滞在問題が韓国でも起こっている。
英語教育が日本以上に重きを置かれている韓国において欧米英語教師から受ける上から目線差別、正当な給与を払わない経営者の、不法労働者に対する差別。差別はいつも二重構造だ。青年と、家庭に問題ある貧しいが鼻柱の強い女子高校生(韓国映画のお約束設定?!)との友情と恋愛の間のような関係が話の軸になっている。
結局、青年は強制送還させられ、少女は大学進学をやめ働くことになる。ラストは彼との関わりによって成長し世界観が変わった少女から未来を感じさせた。

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『訪問者』は大学講師の職をリストラされ妻に離婚され、ワンルームマンションに引越ししてきた男と、訪問伝道青年との話だ。
鍵の故障で浴室に閉じ込められ倒れ失神してしまった男を、たまたま伝道訪問しにきた青年が助けたことから二人の奇妙な友情が始まる。男は「命の恩人、信仰すること以外は何でもお礼したい」と青年を連れ歩くのだが、タクシーや行き先々で騒動を起こす。そんな男に戸惑う青年。まるで接点のない二人だったが、青年は亡き父の面影のある男を「ヒョン(兄さん)を見捨てないよ」とつぶやく。
青年は男を母のいる田舎の実家に連れて行く。
そこで青年の頑なな考えを責める男に、青年は「ヒョンは口先だけだ。人に自慢できるものを持っているのか」とやり返す。

青年の父親はベトナム戦争に出征し、枯葉剤の後遺症で死んだ。青年は法廷で神の「刀を持つ者は、刀で滅びる」言葉を引用し徴兵を拒否する。父親が戦争の功労者であるため徴兵を短縮するという申し出にも「平和のために銃を拒否する」と述べ実刑判決を受ける。
〇月後のある日、男は身なりもきちんとし(おそらく自堕落な生活をやめ仕事についたのだろう)別れた妻にひきとられた幼い息子と会う。男は息子を連れて青年のいる拘置所を訪問する。「お前をここから絶対出してやるからな」。
訪問される者はいつしか訪問する者となっていた。

タクシーの相乗り客との喧嘩の発端は車内ラジオから流れてきたブッシュのニュースである。アメリカを羨む客に対し「イラクで多くの人を殺しながら何を言っているのだ。」
映画には政治的なメッセージが含まれる。男がキリスト教に果たして帰依したのかは不明であるが、青年の、刑をも厭わない信条(信仰)に男は心打たれる。『バンドゥビ』にも共通しているのが、国や宗教の枠にとらわれず絆をつくっていきたいという監督の人間観である。

地味だがとても深い映画だった。
(韓国映画の得意とする)リアリティある場面がよりガツンとくる。
心の扉のインターホンを鳴らす「訪問者」・・・
韓国映画、やはり侮れない。


*『バンドゥビ』はベンガル語で「真の友達」という意味