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暑い!暑い!お盆を過ぎたのに暑い!
台北より香港よりジャカルタよりあの灼熱の国のニューデリーより暑い日本!(8月21日)
信じられない!

涼を求めて川へ行く。
“やな場での鮎のつかみ取り”、聞いただけで涼しそうだ。
岡崎インターから車で30分ほどで到着。
土日やお盆休みは混雑していたらしいが、平日なのでそれほどでもない。
壁には地元の新聞で紹介された記事が貼ってある。テレビ局も取材によくくるらしい。有名人のサインも飾ってある。『男川の鮎のつかみ取り』は三河地方の夏の風物詩となっているようである。
三重の『熊野の花火』のようなものだろうか。

受付で「鮎のつかみ取り+食事」3人分申し込む。受付のおばさんが「3人分にすると
鮎が9匹料理されますよ。2人分にしてご飯1膳追加したらどうですか」と親切に言ってくれる。
つかみ取りと料理システムがよくわからないが、安くなるようなので言われる通りにする。
鮎のつかみ取りは初めての経験だ。
夫は岐阜で昔、鮎のつかみ取りをしたことがあるが、一匹も捕まえられかったらしい。
夫「鮎を捕まえるのは難しいですよね。」
お店の人「いや、そうでもないですよ。簡単につかまえられますよ」。
「???」「まず食事の席を取って来てください。」
ほどなく「〇〇さん、用意ができました。」と放送が入った。階段を下りて川に降りる。
川遊びしている親子連れがいる。あそこに行くのかと聞くと「あれは別です」。別?とは何か聞こうかと思ったがやめた。
係りの人の指示に従ってバケツに水を入れスタンバイ。靴を脱いで竹で組んである簗場に立った。澄んだ水のどこに鮎がいるのか。目をこらしてもなんにも見えない。
すると突然、鮎が湧いてきた!一匹、二匹・・・。まさしく“湧いてきた!という表現がぴったりだ。マジックのようである。
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係りの人がやってきた。「つかまえましたか?」「いや一匹は小さかったので戻しました」。ほどなく大きな鮎が現れた・・・。またもやイキナリである。右手を見ていると左手に!竹の上をパタパタしている。
これでめでたく六匹となった。「料理しますので部屋で待ってください」。
「つかまえた鮎は川に戻さないでください」の注意書きに後で気づいた。

受付時にフライ三匹と塩焼三匹と注文してあった。
ところが持ってきたフライが山盛りだ。もしかしたら間違いではと聞くと「二枚に卸してありますから」。なるほど3×2=6ね。
フライも塩焼もアツアツで美味しい。ご飯とビールがすすむ。
川が見下ろせる窓際で食事する。目も涼しく、部屋は冷房が効いて極楽極楽。

受付の前には鮎が泳ぐ生簀があった。店のおばさんがタモで鮎をすくっている。
注文が入ると、ここで鮎をすくい秘密の場所から流すのだろうか?
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運動靴と赤い金魚』はタイトルからずっと気になっていた映画だ。
最近、友人がDVDを貸してくれたので、ようやく見ることができた。

いや~、これは圧勝でしょう!何がって『スタンリーのお弁当箱』と比べてです。
きっと、うまくいく』でインド映画に目覚め、その勢いで同じころ公開された『スタンリーのお弁当箱』を見た人が結構いるのではないだろうか。だけど多くの人は肩透かしにあったと思う。
というのはストーリーの大事な部分が理解不能だからだ。
スタンリーは貧しくて学校にお弁当をもっていくことができない。昼になると友達からお弁当を分けてもらっていた。だが、同じように同僚からお昼ご飯をわけてもらっているヴァルマー先生は気に入らない。子供たちにスタンリーにお弁当をわけるのを禁じる。スタンリーは仕方なくお昼になると外に出て、水道の水で空腹をまぎらわす。
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<映画.com>

なぜヴァルマー先生はお昼ご飯を持ってこないのか。他人のお弁当をねだるのかが説明不足なのだ。
スタンリーの親は事故で亡くなったことが次第にわかってくる。叔父にひきとられ食堂で働かされている。お弁当を作って欲しいと叔父に言えないスタンリーを哀れに思ったコックが、食堂の残り物を詰めたお弁当を持たす。スタンリーは「ぼくのお母さんは料理がうまいんだ。」と自慢し、友達や先生に食べさせる。スタンリーに嘘をつく後ろめたさはまるでない。先生たちがスタンリーの家庭の事情を知っているかは映画ではわからない。
スタンリーを理不尽にいじめていたヴァルマーはというと・・スタンリーに謝りの手紙を残し学校を辞める。
ヒンズー教は持てる者が持たざる者に施すのが教え。だからヴァルマーは同じ立場のスタンリーは施され、自分には施されないためスタンリーを目の敵にした。と宗教的解説で補っても腑に落ちない。ヴァルマー先生はお給料をちゃんともらっているじゃないですか。
映画を見た後に、スタンリーのけなげだがたくましく生きる様より、ヴァルマー先生の奇妙ないびつさだけが残ってしまうとても残念な映画だ。
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一方、『運動靴と赤い金魚』は珍しいイラン映画。文句なしの名作です!
アラは妹の修理した運動靴を失くしてしまう。廃品回収業者が間違って持って行ってしまったのだ。赤ん坊を抱えた母親は病気、父親もわずかな賃金で、家賃も払えず滞納している。親に話せば怒られる。仕方なく運動靴を妹と交替で履くことにする。妹は兄のぼろ靴が恥ずかしく、友達の靴が羨ましい。実は妹は失くした自分の靴を履いている女の子を見つけるのだが、その子の家も貧しいのがわかり、返して欲しいと言えない。

妹は授業が終わると走る。校外で妹を待つアラは妹が履いていた運動靴に履き替え学校に走る。当然、遅刻だ。度重なる遅刻に教頭が咎める。しかしアラは理由を言えない。担任の計らいで何とか授業に出ている。
そんな折、校外でマラソン大会が開催されることになる。参加締め切りを過ぎていたが、三等の賞品が運動靴と知ったアラは教師に直談判する。「僕は誰よりも早く走るんです」。泣いて訴えるアラ。初めは相手にしなかった教師であるが、必死なアラの様子に参加許可する。アラは妹に運動靴を贈ることを約束する。
三等を狙ったのに不本意にも優勝したアラは記念撮影で泣いて顔をあげない。
「運動靴をとってきてあげる」と言ったアラの言葉を信じ、帰りを待っていた妹は、アラの顔を見て結果を悟る。アラは底が破れぼろぼろになった運動靴を捨て、血豆ができた足を池につっこむ。赤い金魚が寄ってくる。場面は変わる。自転車をひく父親、荷台の籠にのぞく赤い物は妹の運動靴だろうか。口下手な父親に代わって、一生懸命仕事をしたアラへのご褒美の運動靴もあるだろうか。

運動靴を兄に履かせるために走る妹、妹から受け取った運動靴で学校まで疾走するアラ。走る、脱ぐ、履く、走る、脱ぐ、履く、走る・・・疾走する兄妹、そんな場面が何度も続きマラソン大会へつなげる。マラソン大会終盤のデッドヒート!上手い!
アラは親にも教師にも失くした運動靴のことを話さない。見ている者にはもどかしい。子供の社会では、真実を言うことは大人の考えている以上にハードルが高いのだ。

物のあふれた現代の日本では、子供靴を修理してまで履かせる人はそういまい。
折しも昨日は終戦記念日。戦後の物のない時代ならこういう映画が撮れただろうか
物がない方がイマジネーションを豊かにさせるのかもしれない。

子供が出ているからと言って子供向き映画とは限らない。『運動靴と赤い金魚』は大人のための映画でもある。それも特上の・・・
一足の運動靴をめぐって、ここまで話を作り上げていくのが実に素晴らしいと思った。