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駅のプラットホーム
『潮騒のメロディー』を歌いおえたアキとユイ
「しょうがないな。いっぺん間違えたもん」
「わたしも。今までに一番やばかった」
「まだまだ完成しなくていいべ」
「うん。明日も明後日もあるもんね。」
「明日も明後日も来年もある。
(線路を見る)今はここまでだけど来年はここから先も行けるんだ。」


あまちゃんが終わった。
今日から普通の朝ドラが始まり
普通の朝がきた。

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<NHK「あまちゃん」公式 HPより>
このところ、NHKはやり放題である。
スポンサーの思惑を考える必要がないので、番組構成は我が意のまま。
朝イチにはヒロイン能年玲奈をゲスト、ファン感謝祭放送、
クドカンと葉加瀬の対談再放送(Eテレ)。『あまちゃん』最終回に向けての怒涛の番組ラッシュだ。

これらの番組全部チェックしている私はBS視聴の『早あま』(朝7時半)。夫が起きてくる前に一人じっくり視聴。なまりもしっかり聞き取るために字幕を付けている。
その後、夫と朝ごはんを食べながらチラ見の『朝あま』(朝8時放送)。8時15分からの『朝イチ』でのイノッちと有働さんのウケは欠かせない。朝イチがない土曜は物足りない。毎日、早あま⇒朝あま⇒アサイチの受けの三段構えの『あまちゃん』視聴だ。時には『録あま』で気に入った回の復習し、聞き取れなかったネタ確認する。
震災以降は少し失速気味であったが、終盤、伏線回収の上手さにさすがとクドカン株がまた上がった。
そんな今をときめくクドカンの対談相手が葉加瀬太郎だ!
コンサートを見たばかりというタイムリーな組み合わせだった。
聞き手が話し手、話し手が聞き手となりSWITCH、SWITCHしながらの番組。
クドカンの娘が葉加瀬の『情熱大陸』の大ファンだからと実現した対談であった。

「コンサートのMCは言いたいこと言ってアドリブのように思わるだろうが、実は一字一句、台本通り言っている」と葉加瀬。クドカンが「そんなこと言っていいのですか?」と言うと、やや間があって「・・・いいでしょう」。
「コンサートの始まる10分前になるとなんでこんな仕事をしたのかと激しく後悔する、できれば逃げたい」「だっておかしいでしょう?人前でこんなにテンション高くしているの」
・・・・葉加瀬の意外や意外の仰天告白だった。

流行り音をキラキラつけても翌年になれば古さを感じる、そぎ落とした音楽こそが生き残る。クラシック回帰していると語る葉加瀬。
歌舞伎に目覚めたクドカン。時代の先頭を走る二人の共通項は古典回帰だった。

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<バースデープレゼントのCD>
二学期が始まってあっというまに半月過ぎた。

夏休み、10日ほど近くの小学校で学習支援ボランティアをした。
午前中だけなのだが朝早く家を出なくてはならず、暑さでたらけた身にはしんどかった。
ボランティアを申し込んだことを後悔したものの、終わってみるとやり遂げた感があって悪くなかった。
日頃、全然接触がない小学生だが、話してみればまだまだ素直で可愛いかった。

ただf0234728_22253388.jpg鉛筆の持ち方ができていない子の多いこと!
肩にガチガチに力を入れているので、思わず肩をもんであげたくなったり、
又、体の方ではなく反対側に倒して字を書いている子もいて、よくそんな持ち方で字が書けるなと逆に感心してしまった。
そしてみんな決まって姿勢が悪いのだ。

上手でなくてもいいから、正しい持ち方でいい姿勢で書いてほしい。
先生やおうちの人は忙しくそこまで手が回らないとは思うけど・・・
治すなら早いうちにと気が気でない。
コンサートが始まってすぐにグッズの販売促進だ。
「後半、例の曲で使いますよ。これを持っているのと持っていないのではノリが全然違います。買うなら休憩時間ですよ!」とテレビショッピングのように葉加瀬が掲げたのは目が覚めるようなショッキングピンク、黄色、スカイブルー・・とカラフルな羽根でできた扇子。バブル時代、ジュリアナ東京のお立ち台。超ミニスカートのイケイケ女子が手にして踊り狂っていた扇子みたいだ。
この扇子をどう使うのやら、このコンサート、何だか普通と違うぞ。
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コンサートが始まる前から不思議雰囲気の予兆はあった。「こんにちは、こんにちは、世界の国から♪1970年のこんにちは」そうです!三波春夫大先生による『世界の国からこんにちは』が会場を流れていたのだった。

幕が開く。派手な照明に葉加瀬太郎が登場。幅広の身体に幅広パンツ。トレードマークのもじゃもじゃ頭。存在感ありすぎる。
トップ二曲は外国人が日本をイメージしたらこんなんできましたみたいな曲と思ったら・・・観光庁要請で作ったという説明だった。予想どんぴしゃりだった。
葉加瀬太郎の最新アルバム『JAPONISM』どころか一枚もCDを持っていない。だから真っ白なイメージで楽しめた。
葉加瀬は客席にむかって自作曲を「いい曲でしょう?」と何度も言う。日本人には珍しい(?)自己肯定型ミュージッシャンか。そして葉加瀬は誉め上手でもあった。客席からバイオリン未経験者を一人募ってステージに立たせる。日本人気質も変わったのだろうか。私なんか絶対手を挙げないが、何人も我も我もと手を挙げてその積極性に驚いた。前に座っていた若い女性が選ばれた。
姿勢とバイオリンの持ち方から始まって一番簡単な二音の弾き方を教える。左手で弦を押さえず、弓を上に動かし下に動かして弾く。「背中を丸めていると音もちぢこまりますよ」と言われ背筋をしゃんと伸ばし、足を肩幅に開いて立つ女性。あら不思議、ギコギコおどおどしていた音が澄んだきれいな音になってきた。女性の規則的な繰り返し音を伴奏に、葉加瀬とバンドはメロディーをのせる。奥行きと広がりのある美しい曲になった。見事な葉加瀬マジックを目の当たりにして、客席は「おお」とどよめきが歓声となり拍手がわく。
もし葉加瀬がバイオリンの先生だったら、褒めて育てて子供たちはきっと音楽好きになるに違いない。
子供に音楽のお稽古をさせるのは大変だ。好きにさせるより嫌いにさせる方がどれだけ簡単なことなのか。

マスコミによく出ているだけあって、葉加瀬は口が滑らかだ。MCによどみない。
芸大時代に結成した『クライズラ-&カンパニー』頃からの長い付き合いのあるメンバーも何人もいて、気心がしれているのが窺われた。
イメージと違い(?)どうやらバッグバンドとの人間関係は良好のようだった。
さて、休憩時。私もジュリアナ扇を500円くらいなら買おうかと一応、思ったのだが、2,000円!盛り上がり小道具にしては値段が張り過ぎだった。

二部、葉加瀬は真っ赤なロングジャケットを身に着け登場。
例の曲、そう、葉加瀬太郎と言えば『情熱大陸』。派手派手ジュリアナ扇で踊り狂うステージの葉加瀬と会場のみんな。会場は巨大ディスコに早変わり!扇子をもっていない者もスタンディングだ。これがバイオリンコンサート?!だが、驚くのはまだ早い、葉加瀬はバイオリンを置いて歌ったり、はてはEXILEもどきダンス(Chu Chu Trainの縦一列に並んでぐるぐる旋回するダンス)ありで会場大興奮。葉加瀬は結構、身軽にダンスステップする。
最後は『Smile for you』東北復興を願う静かな曲でしめくくり、キラキラ劇場型コンサートが終わった。


葉加瀬太郎、これならイギリス、ドイツ、アメリカ、台湾など世界ツアーの成功間違いなしだ。
最近、ラジオ体操が見直されている。
書店にはDVDつき本が目立つ平台に置いてある。

骨折したり神経痛になった時、お世話になった整形外科の先生は口を酸っぱくして「ラジオ体操しなさい」と言う。だがラジオの放送時間にはなかなか体操ができない。順番もうろ覚えだ。
DVDは一々プレイヤーをセットしなくてはいけない。それが面倒で我が家には各種シェイプアップのDVDがたくさん眠っている。
ラジオ体操のDVDを買っても、同じ結果になるのは火を見るより明らかだ。

DVDをセットしなくてもラジオ体操ができる方法はないものか。そうすればいつもウォーキングする公園でも体操できる。
そうだ!iphoneがあるじゃない!アプリ検索する。あった!『西島千博ラジオ体操』。400円也。
ピアノとバイオリン伴奏でクラシックのような編曲。ゆったりしたリズム。バレエで鍛えたしなやか筋肉。指先はまるで白鳥の舞のような動き。美形バレリーナによるそれはそれは美しく優雅な『ラジオ体操』だ。
井上ひさしは「言葉」の天才である。
標準語制定をテーマに戯曲にするとは普通では到底思いつかない。
さすがに『難しいことは易しく、易しいことは深く、深いことは面白く(愉快に)、愉快なことは真面目に』をモットーとする氏だけのことはある。

明治初め、文部省役人の南郷清之輔は「全国統一話し言葉の制定」を命じられた。お国ことばを統一するとは秀吉天下統一に匹敵する大事業!お里がバラバラの南郷家の使用人、はては泥棒や公家先生など巻き込み・・・抱腹絶倒の3時間、最後はチクッと胸を刺す。
南郷家お抱えカメラマンを語り手(尾張弁)として話はすすむ。清之輔が作詞した「小学唱歌」も随所で歌われて楽しい雰囲気を醸し出す。

どのお国のどの言葉を採用しても不満が残る。ならいっそ新しい言葉を作ろうと使用人にアイディアを募る。採用したら10銭の褒美をつかわす清之輔。
「佃煮」は「しょうゆ煮」と。だがそれはお国ことばを売ることになる。そう言われると、小金は得たが心の呵責を感じていたと使用人。
ならばと花魁言葉を参考に、誰でもわかる平易な言葉を使って8個の文法を定め統一話し言葉にしようとする清之輔。
しかしできた言葉は、何とか通じでもロボットが話すような不自然なもの。とうとう清之輔は精神を病み、作った言葉を壊れたラジオのように繰り返すのだった。

この劇で主に二つのことを考えさせられた。
権力と背中合わせになった標準語制定。
人造語であるエスペラントが浸透しなかった理由。

ラジオテレビの発達、インフラ整備でお国訛りはますます消えつつあり、お国訛りで表していたニュアンスも失っている。言葉の画一化で失ったものは計り知れない。
しかしこれも時代の流れだろうか。

f0234728_1271618.jpg名古屋の演劇人と演出家による名古屋文化基金記念事業。名古屋発の質の高い演劇をリーズナブルな料金で見られた。
各区にあるという名古屋市小劇場、恵まれた環境の名古屋人が羨ましいと思った一日だった。
恋する輪廻』から始まったインド映画鑑賞はまだまだ続いている。
一目ぼれした美女に突進愛、家族愛、友情、ダンスに歌てんこもりのザ・ボリウッド映画にそろそろ飽きてきたころ、見たのが『ラガーン』。まいりました。汗臭く泥臭い男のボリウッド映画です。
主役は『きっと、うまくいく』のアーミル・カーン
この映画には『恋する輪廻』のような豪華絢爛な世界はありません。美女も出てきません。

ラガーンは「年貢」の意味。イギリス支配下時代のインドの農村。年貢を懸けたクリケットの試合。
勝てば向こう3年年貢はなし、負ければ3倍の年貢。

クリケットを知らない村人たちには全く勝ち目がないように思われたが・・・日照り続きなのに理不尽な年貢をこれ以上治めることはできない、復讐に燃える男、アミール・カーンはインド版『半沢直樹』。
ボールとバットを手作りし、ルールを一から覚える。最初は遠巻きに見ていた村人も一人、二人と仲間になり、村人から忌み嫌われていた不可触賤民の男も加わり、少しずつ力をつけていった。

試合は3日に及んだ。上映時間3時間44分(!)の半分以上が試合だ。プロ野球のテレビ観戦のように、ビール片手に途中休憩をいれつつのDVD鑑賞をお勧め。
運動音痴の私はルールが最後までわからなかったのだが、攻撃守備の心理戦が面白く全然退屈しなかった。同胞の卑怯な試合運びに眉をひそめるイギリス応援席。やはり紳士の国イギリスだ。
インドの応援席は山を埋め尽くす大観衆!山がうなるような大声援。
はんぱじゃない人の数に、さすが人口世界第二位のインドと妙なところで感心する。インドては群衆の映像にCG加工の必要全くなしだ。
村人が雨乞いで神様にささげる踊りには土の匂いがする。
『ラガーン』は男のボリウッド映画。

アーミル・カーンの映画に外れなし!

*3時間44分のわりにダレていないのはバックの音楽の力も大きい。バシっとしめていると思ったら『スラムドッグ$ミリオネア』と同じ音楽担当。道理で納得です。