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夏木糸子の「ツイカラ(力)」、関西弁が変だと文句をつけていたが、文句は愛情の裏返し。なんやかんや言いながらも最後まで見た『カーネーション』だった。
「死にました。(でも娘たちよ、悲しまないで)うちはおる。あんたたちの傍、空、緑、光・・」。
終わってしまえば夏木糸子編も決して悪くなかった。ただもう少し深さとスピードがほしかったと思う。
録画してあったNHK『アーカイブズ生涯青春 小篠綾子の人生』を見直した。日記に記されていた、体がどんなに悲鳴をあげても、一生懸命働いているスタッフの前では愚痴ることができないつらさ、人に新しい話題を提供できるようにと常に努力していたエピソードは是非入れて欲しかった。
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<APAホテルからの展望>

最近、またスポーツクラブに行くようになった。ところがウェアや靴を入れる適当なバッグがなかなかない。中高生が部活に持っていくスポーツバックはいくらなんでもちょっとね。
大きくてファスナーがついていて軽くて撥水加工したもの。条件にぴったりのが灯台下暗し、実家にあった。母が晩年、週一回通所リハビリに通う時、持って行っていた鶯色のバッグだ。几帳面な母はきちんと荷物を詰めて出かける前日には下駄箱の上に置いていた。

あらためてバッグを眺めた。何度も見ているはずなのに今までどうして気付かなかったのだろう。ポケットの下に『MICHIKO LONDON』のロゴがあった。「うっそー!聡子のだ!」
母も『カーネーション』を見ていたような気がした。
糸子役が尾野真千子から夏木マリに交代して一週間がたった。

今まで糸子の周りにいた者は三人娘をのぞき全員あの世行きだ。
彼らはモダンになったリビングルームのサイドボードの写真ギャラリーの中にいる。
高齢だった糸子の母親はわかるが、糸子と大して年が変わらないようにみえる恵や昌子、八重子さんや北村まであの世だ。糸子は72歳。昭和60年代はもう充分、高齢化社会に突入している。糸子とそう年も変わらないものが生きていても全然おかしくない。

せめて北村だけでも生かしてくれたら、ちょっとはドラマの雰囲気も違っていただろう。
まるで違ったドラマを見せられているようだ。
あのはつらつとしたカーネーションは一体どこに消えたのだろう。
モダンだが寒々としたリビングルーム。商店街はシャッター街に見える。金券ショップと不動産やのお兄さんだけがご近所さん。
夏木マリ、岸和田弁と年寄りを意識してかわざとゆっくりに語るナレーションがねちっこい。演技も尾野糸子ならこうだっただろうにとつい脳内変換してしまう。

しかし、渡辺あやが本当に描きたかったのはこの1ヶ月だと言う。
先週末、善作を登場させてテレビの前の視聴者に涙をこぼさせたところでラストにすれば
確実に後生に残る名作ドラマになっていた。
敢えてそうさせず脇を全部あの世送りにしてまで彼女が描きたいのは一体何だろう。
こうなったらそれがわかるまで私は見届けますよ。

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<桑名のあられ屋さん>

*この違和感は夏木マリよりNHKの責任が大きいと思う。
制作発表の時に子役から三人並ばせておけばいいものを今年になってからいきなりの不意打ち。段取り悪すぎです。視聴者不在と言われても仕方がないと思う。
カーネーション』のオリジナルサウンドトラックCDをレンタルした。
一日24時間、カーネーションの世界に浸る・・・浸ろうと思えば、浸れる(笑)。
情景が次々と浮かぶ。カーネーションの成功は音楽にもあると私は思う。
ここに椎名林檎のテーマソングが入れば完璧なのだが、残念ながら収録されていない。

2月に入り娘役がガラッと変わった。最初は慣れなかったが、今は不思議なものでちゃんと優子に直子、聡子に見えている。
娘たちの活躍と反比例してだんだん視点が糸子から娘にシフトしていくのが寂しい。
3月からはその糸子も交替する。尾野真千子から夏木マリ糸子へとスムーズに変わっていくのだろうか。でもNHKならやってくれるだろう。いい意味での予想を裏切ることを。

『カーネーション』人気とともに脚本家、渡辺あや人気もうなぎ上りである。
名ドラマと名高い『火の魚』はまだDVD化されていない。尾野真千子が出演していることもあり是非、何とかして見たいものである。

*朗報が飛び込んできました!003.gif
3/3(土)BSプレミアム『火の魚』PM7:00~ 放映決定
ヤレヤレ、ようやく周防が退場してくれた。
周防と糸子が交わすラブラブ光線を朝から見せつけられると、どうも背中がこそばゆく早送りしたくなっていたからだ。

NHKは朝ドラコードを次々となくそうとしている。舌打ちするヒロイン、不倫するヒロイン。どれも今までならあり得ないヒロインだ。もっともここ最近で『てるてる家族』『ゲゲゲの女房』『カーネーション』の三本しか見ていない私が言うのもなんだが(笑)

糸子は恋してからどんどんきれいになって可愛くなった。恋に敏感なあまり、周りには鈍感になっていった。「稼いでいるから(男のことでは)文句は言わせない」なんてオヤジの理屈だ。
不倫は実際、20年近く続いたという。ドラマはそこまでドロドロにいはさせていなかった。最後の夜のシルエットとか、あとは好きに想像してということだろう。
映画だったら違っていたと思う。渡辺あやは周防と糸子の関係にもっと斬り込んでいたに違いないが、あそこくらいが朝ドラの限界だろう。何しろ皆様のNHK、病院の待合い室にもつけてあるし、お年寄りも子供も見ているのだから。

最近、NHKのドラマ班(あるかどうかは知らないけど)にやる気が感じられる。
10月からの朝ドラは今世紀最高の視聴率をとった『家政婦のミタ』の脚本家が書くという。私も世間の話題に上り始めた4話くらいから見始めた。「承知しました」と何でもやるミタさんがどこまでいくのか、結局、最終回まで見てしまった。
子供たち4人の存在がミタさんに人間の感情を取り戻していく。子供たちはここぞという重要場面で必ずといっていいほど一言ずつ台詞を言う。だが、その場面だけはシュールなドラマに似つかわしくなく浮いていた。順番に台詞を言わせる。それはまるで父兄のために見せ場を作らせる幼稚園のお遊戯会のようだった。脚本に一抹の不安はあるにはある。
だが、NHK、またまた朝ドラコードをなくしてくれるのではないかと今から期待している。
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<ソウルの街角で>
カーネーション』(2011~12)
現実から目をそらさないリアリティある台詞でありながら、場面の切り替えのうまさで暗さをひきずらない。予定調和を敢えて崩す筋運び。舌打ちするなど従来の朝ドラではあり得ないヒロイン像が新鮮!創作上の人物と実在の人物がうまく混じりあって物語がすすむ。
年明けからはいよいよ戦後編。大阪のオバチャンから浪速のオッサン(笑)化した糸子に大転機が訪れるか?
ドラマは脚本が全てだと信じる私は、渡辺あやの作品をもっと知りたくなった。
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<岡崎市美術博物館ショップにて>

その街のこども』(2010)
NHKが制作した阪神大震災15年特集ドラマを劇場版に編集したもの。
大震災15年後。二人の若い男女が出会う。それぞれの思いで神戸に降り立つ。森山未来と佐藤江梨子が出ているのでかろうじてドキュメンタリーではないとわかる。イマドキな若者のイマドキの軽い会話が続くが、その裏に見え隠れする心の傷。
勇次(森山)の父は震災を食い物にしてのしあがってきたが、それは同時に周りからの孤立を意味した。美夏は失った友への悔恨。避けていた、友の父と会うこと。
夜を徹して歩いて二人が向かった先は・・・・
東日本大震災という未曾有の災害を経験した今こそ見たいドラマだ。

天然コケッコー』(2007)
くらもちふさこ原作の同名コミックの映画化。コミックは完結している。
田舎の廃校寸前の中学校に通うそよ(夏帆)、転校してきた男子学生、広海(岡田将生)。周りの人たち。特に何がおこるわけでもない、淡々としたストーリーに画面いっぱいに広がる山、風、海、畑。ゆったり流れる空気。
映画では二人の中学卒業までを描いているが、その後を知りたい。思い切って漫喫に行ってみようかな。
付き添い先生二人と、そよと広海の四人だけの修学旅行がいい。よそよそしく思えた東京も目をつぶれば聞こえる蝉の鳴き声、風の音は田舎と同じ。「もうすぐ、君たちとも仲良くなるから待っていてね」。渡辺あやは単なる田舎大絶賛の映画で終わらせない。
配役ミス2人(脇役)と、コミック何冊かをまとめたから仕方がないのだが、ストーリーの詰めの甘さが惜しい!?

メゾン・ド・ヒミコ』(2005)
柴崎コウ、オダギリ・ジョー主演。
正直に言おう。面白くなかった。頑張ったが・・・別に頑張って見ることもないと思い直し20分足らずでリタイア。
ちょっと想像してほしい。舞台はゲイ専門の老人ホーム。女装、厚化粧してオカマ言葉ではなす初老の男たち。別に偏見でもないが、あ、やっぱり偏見かな、絵的にかなり萎える。
リタイアしたため、渡辺あやの世界は味わえなかった。

ジョゼと虎と魚たち』(2003)
池脇千鶴の無意味なヌードシーンがあると娘が言っていたので見るのをやめた。動員数稼ぎのための無意味なベッドシーン、ヌードシーン断固反対!

他に妻夫木聡主演の日韓合作『ノークライ・ノーボーイズ』(2009)があるが・・・日常にころがっている会話から豊かな想像力を膨らませて脚本を書く渡辺あや。もしかしたら映画よりテレビドラマ向きの人かもしれない。
「糸ちゃん、あんた、金輪際、勘助に会わんといてんか。世の中っちゅうのはみんながあんたみたいに強いんと違うんや。みんなもっと弱いんや。みんなもっと負けてんや。うまいこといかんと悲しうて、自分がみじめなんもわかってる。そやけど生きていかとあかんさかい、どないかこないかやっとんや。あんたにそんな気持ちわかるか。商売もうまいこといって家族もみんな元気で結構なこっちゃな。あんたにはなんもわからへんわ。・・・・今の勘助にあんたの図太さは毒や。もう近づかんといて。」

軍隊から帰ってからずっと自分の殻に閉じこもる勘助。そんな勘助を励まそうと糸子がしたことが裏目に。深く傷ついた勘助が自殺未遂までおこす。怒った勘助母が糸子にぶつけたのが冒頭の台詞。こんなに激しい、ヒロイン人格批判は朝ドラ史上初めてではないだろうか。
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韓国ドラマに『愛と野望』というのがある。
1960年代~90年代を背景に一家の多様な人間模様と愛憎を描いたものだ。好評で30話(!)延長され、81話になった大作である。ここまで言うかのリアリティーあるヘビーな台詞に毎回毎回、テレビの前で雷に打たれたようになった。その通りとうなずいたり、心の内を見透かされた気がして暗澹たる気持ちになったりもした。親との対立、思春期の子供、出世欲、嫉妬、一筋縄ではいかない男と女の関係、家庭と仕事、DV、アルコール中毒、鬱病などをえぐる台詞は深い人間観察に裏打ちされ、簡単に善か悪かと言い切れない心のひだひだまで露わにしていた。
脚本家キム・スヒョンが『言葉の魔術師』と言われるのも納得の人間ドラマだった。

『カーネーション』の脚本家、渡辺あやも近いうちにそう呼ばれる日がくるかもしれない。
見ている者の心に鋭く突き刺さった、12月5日の『カーネーション』であった。
10月
NHK朝ドラ『カーネーション』初回を見た。ぶっとんだ。迫力、カメラワーク、スピード感、どれをとっても従来の朝ドラレベルを超えていた。まるで映画のようだった。
青春のある時期を岸和田で過ごした夫は、ドラマにでてきた「だんじり祭り」を懐かしがっていたが、私はもう見るのをやめようと思った。1話がこんなに完成度が高いと、後は失速して落胆するだろうと勝手に決めつけていたからだ。
だが、予約解除し忘れたのでハードディスクには『カーネーション』がどんどんたまっていった。

11月
たまたまつけたテレビに『カーネーション』がうつった。面白さは1話に負けていなかった。郷愁を誘う音楽も耳に心地よかった。『三丁目の夕日』に似ていると思っていたところ、まさしく同じ作曲家だった(私の耳も捨てたものではないと自画自賛・・)。
それ以来、毎日ドラマを視聴するようになった。

そうなるとまだ見ていない部分が知りたくなってくる。ここでハードディスクにたまった録画の出番だ!消さなくて本当によかった。ほぼ1ヶ月分を一日、朝ドラの”一気見”なんて初めての経験だった。

『カーネーション』のヒロインはもしかして歴代のヒロインの中で一番柄が悪いかもしれないが、私は毎朝、ヒロインと共に泣いて笑っている。

ヒロイン尾野真千子を見出したのは映画監督、河瀬直美だ。河瀬は『萌の朱雀』でカンヌ新人監督賞を受賞している。もっとも私には彼女の映画は芸術的すぎてよくわからない。暗い場面、暗いストリーが眠気を誘う。
河瀬の最大の功績は尾野真千子を発掘したことだ。地元の中学の下駄箱を掃除している尾野をスカウトしたという。一体どれだけ目利きなのだ!尾野はもはや糸子にしか見えない。
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母は晩年、耳が遠くなっていたのだが、大河ドラマと朝ドラだけは欠かさず見ていた。『ゲゲゲの女房』も楽しみにしていた。ところが後続番組の『てっぱん』が始まると、「ドタバタで『ゲゲゲ』とレベルが違う(!?)」と言い、見なくなってしまった。

私は思う。母がもし生きていたら『カーネーション』を見ていただろうかと。ヒロインの口の悪さにびっくりしつつも、どんなことがあってもへこたれないヒロインに、母は自分の好きな言葉「人生はいつも勉強だ」のエールを送っていたに違いない。