●Taroの塔①

「3時から館長さんのお話がありますよ」
入った早々、もぎりの人に言われた。せっかく来たのだから時間もあることだし聞いていこうかな。そんな軽い気持ちで会場となる部屋に入った。

そこは吹き抜けの10畳くらいのアトリエだった。部屋の正面に、天井まで届きそうな大きなキャンパスが立てかけてあった。床一面に油絵の具が散らかり、机にはたくさんの筆が無造作に置いてある。まるで今も制作中のようだ。絵の前には何脚か椅子が置いてあった。一番前に座った。最初はまばらだったが、次第に椅子が埋まってきた。

時計の針が3時をさした。
年輩の女性が登場した。ショートカットのスポーティーなごく普通のおばさんだ。この人が館長さんなのだろうか。てっきり館長さんは男性だと思い込んでいた私は少し拍子抜けした。

彼女は話しだした。いかに岡本太郎が素晴らしいか。作品にエネルギーが満ちているかを。いつの間にか私たちは彼女の話にひきこまれた。体中から溢れるパワー。魅力的な語り口。彼女は岡本太郎の生涯のパートナーだった岡本敏子だった。

「皆さんもご覧になりました?昨年の紅白歌合戦。一青窈の着た衣装は太郎の『明日の神話』をモチーフにしたものなんですよ。ああいう大衆的な番組はほとんど見ないんですけどね、是非にと頼まれたものですから」と言いながらも「袖の部分が隠れてしまって」と残念そうだった。いよいよ話は本題『明日の神話』に。

『明日の神話』は第5福竜丸が被曝した水爆実験を題材にしている。
30年前、太郎はメキシコのホテルの依頼で制作したが、ホテルの倒産で人手にわたり行方不明となっていた。それが昨年、メキシコ国内の倉庫で見つかった。是非、日本に持ち帰りたい。買い戻す資金はあるのだが輸送する費用が膨大にかかる。そこでみなさんの協力がほしい。
どこに設置するかさえ決まっていないのに、そんなことができるのだろうか。私にはとてつもない計画のような気がしたが、少しでもお役に立てるのならとわずかだが名前を書いて寄付をした。

外はまだ雨が降っていた。
庭にある太郎の特徴ある作品たちが濡れていた。

その日、岡本太郎美術館に行ったのは東京に行ったついでだった。雨の中、探しあてた美術館は青山の通りを一本入った少しわかりにくいところにあった。
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帰りに売店で一冊、本を買った。
係りの人に「館長さんの話は毎日あるのですか?」と聞いてみた。「いいえ、忙しい人ですので一月に一回ですよ。あなたはラッキーでしたね。」私は自分の幸運に感謝した。

それから『明日の神話』再生プロジェクト事務局から報告が時々送られてきた。わずかしか寄付しなかったのに郵送代で消えるのではないかと申し訳なかった。

ほどなくして私は敏子が亡くなったことを知った。太郎の最大の理解者だった人。独身主義の太郎が、献身に報いようと養女にした人。あんなに元気だったのに敏子は『太陽への神話』の修復完成を見ることはかなわなかった。


数年たった。
渋谷駅構内に設置してある壁画を見る機会はなかなか訪れない。
そんなある日、娘が「岡本太郎のドラマがあるよ。」と教えてくれたのだった。
(文中敬称略)
by feliza0930 | 2011-06-27 19:50 | ・ART